参 之 細工

文字数 1,193文字


 やっと西瓜(すいか)にありつける。

 ドタドタと古い板床踏み鳴らし台所へ急いだ。

 おっと、いけない。

 また滑って怪我したら、笑い話にもできやしない。

 台所に入る前に廊下から(のぞ)き込んだ。

 床はどこも濡れてない。

 なら、心配なんて取り越し苦労。

 冷蔵庫へまっしぐら──に歩く。苦笑いしながら。

 扉を引いて開く。

 一人暮らしだったお婆ちゃん。こんな両開きの大きい冷蔵庫持てあましただろう。六人暮らしでも十分に(まかな)える大きさなのだ。



 生首の載ったお皿が真ん中に。



 キャーと笑いながら扉の取っ手を引っ張った。

 片側の扉を開くと、白い冷気が腰下へと落ちてゆく。

 ひんやりした感触がTシャツ越しのお腹に心地良かった。

 真ん中の段には、お皿に載った半割りの西瓜(すいか)があった。

 これ一つ食べると怒られるだろう。

 いいよと言われても、ちょっと無理。

 片側の扉を開いただけじゃあ取りだせない。

 左側も引き開けて、お皿を(うやうや)しく両手でつかみ引き出した。

 半分に切ってスプーンで食べちゃえ。

 ニヤニヤしながら、(ひじ)で両側の扉を弾き閉じた。

 古いキッチンはステンのシステムじゃない。流し台や、調理台は細かなタイル張りのコンクリート。流しの下がむき出しだからそうだとわかる。

 お(あつら)え向きに調理台にはまな板が置いてあり、包丁が載ってた。

 皿に載るゆらゆら揺れる西瓜(すいか)を落とさぬようゆっくりの振り向いて調理台の方へ踏みだした。

 その最初の左足が古い板床を踏んだ瞬間、ミシリと音がしてつま先が沈み込んだ。

 えぇ!? 沈んだ!?

 踏んだ指先が明らかに傾斜していた。

 床を踏み抜いたとわかった時には遅かった。

 一気にバランスを崩し斜め前に倒れかかる。

 西瓜(すいか)を落とすもんか、と皿の上で横滑りする西瓜(すいか)を立て直そうとした。

 あきらめてれば、倒れる事はなかった。

 逃げだす西瓜(すいか)を追いかけるように皿を突き出しながら床に(ひざ)をついた。

 両手を前に突き出していたので、自分の身体を支えるために下におろせなかった。

 一気にバランスを崩しながら、床へ倒れ込んだ。

 皿の先から飛びだした西瓜(すいか)が、調理台から(わず)かにつきだしたまな板の端に乗っかる。

 床に崩れ落ちながら、まな板が手前へ傾くのが見えていた。

 その上を大きな出刃包丁が滑ってくるのがわかっていた。

 伸ばしきった両腕が板床を激しく叩き、皿が砕ける。

 その右手のひらにスーッと包丁が勢いを増して落ちてくる。

 咄嗟(とっさ)にできたのは、手を横に逃がす事だけだった。

 大げさに横へ振り切り、包丁の落ちる先から遠ざけた。

 大きな出刃包丁が、床にドスって突き刺さる。

 手は免れた、とホッとした刹那、床に刺さった出刃の片側が割れたお皿の大きな欠片を弾いた。

 目の前すぎて(かわ)すなんてできなかった。




 額に割れたお皿がザックリと突き立った。




 頭を押さえて叫び声をあげる。

 母さんが駆けてくる足音が聞こえながら、真っ赤に染まる両手におののいた。





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