伍 之 穴

文字数 839文字



 畳の上に落ちているまっ白な紙を見つめていた。

 どうやって落としたのと頭の中をぐるぐる駆けめぐる。

 土間にミュールを投げだすように脱ぎ捨て、後ろ手でドアを閉じてそっと紙に近寄っていく。

 何回か棒で押して剥がしたんだ。

 壁に視線を上げ、二つの画鋲に残る紙片を確かめようとした。

 壁のどこにも、破れた紙片どころか画鋲がない。

 うそよ。そんなことがあるわけない。

 だけどふさいだはずの黒い穴がすぐ目にとまった。

 その上の両側にしっかりと刺した画鋲がなかった。

 よく見ると、二つの小さな針穴を見つけた。

 紙と壁にばかり気をとられすぎた。

 膝を折り壁際をはしから、はしまで目で追った。

 二個の画鋲がどこにもない。


 ありえない。


 どんなに棒で紙を押し上げても、壁向こうから画鋲は抜けない。

 まさかと思いしゃがんだまま振り向いた。

 座卓の下に転がってるものを見つける。

 どうやって部屋の真ん中までと目を強ばらせた。

 階段を上がる足音にゆっくりと顔を振り向ける。

 廊下のきしみが聞こえ、台所のすり硝子の向こうを誰かが通る。

 暗すぎて誰だかわからない。

 ドアを乱暴に閉める音が響いた。

 隣が帰って来た。

 あわてて座卓の下に手をさし入れ画鋲をつかむ。そうして片手を伸ばし紙を引き寄せた。

 黒子(ほくろ)のような穴を(にら)みながら、紙をその穴に被せる。

 そうして親指が痛くなるぐらい、画鋲を刺した。

 いつのまにか息が荒くなっていた。

 止めた紙をじっと見つめる。

 それが盛り上がりそうで目が離せない。

 ダメだ。紙なんかじゃ。

 いきなり立ち上がり土間に行くと転がったミュールを爪先で起こして履く。

 音をたてないようにドアをそっと開き、廊下へ出た。

 ゆっくりとドアを閉め、鍵穴のまわりを指で被い静かに鍵をかける。

 そうして廊下の壁際を歩き階段を下りた。

 街灯の小さな灯りだけの暗い道を段々と早足で歩いていた。

 コンビニに下敷きはあるだろうか?

 コンビニに接着剤はあるだろうか?



 ガムテープじゃ、剥がされるような気がした。





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