弐 之 細工

文字数 1,078文字


 一番大きな西瓜(すいか)をお皿に載せて両手で抱えたまま、小走りにお縁へ急いだ。

 早く涼しいところに座って冷えたままの西瓜(すいか)を食べたかった。

 寄せ木細工の箱とコップの置かれてるそばで立ち止まるつもりだった。



 そこに水たまりがあるなんて見えはしなかった。



 いきなり両足が滑り、足の裏がお縁から飛び出した。



 お盆に載せた西瓜(すいか)とお皿が空に浮いた。

 お縁の外の石の踏み台にお尻が落ちる直前、振り上げていた片側の二の腕が後ろに伸びコップを叩き割った。ガラスとジュースと氷が弾ける。

 そばで頭の後ろを強打し気が飛びそうになる。

 踏み石に尻を打ちつけ息がぜんぶ吹き出した。

 音に母さんが様子を見にきた。

 母さんがあまりの光景に大丈夫かと駆け寄る。

 (うめ)いてるだけで答えられない。

 母が部屋へ駆け込みティッシュ・ボックスをつかみ駆け戻ってきた。

 二の腕をつかまれ、ガラスを取るから動かないでと怒鳴られた。

 動きたくても動けない、頭は痛いし、尻も痛い。腕なんか痛いのを通り越していた。

 しばらくして沢山のティッシュを押しつけられ、ガラスを取り除いた傷口を押えてなさいと言われた。

 黙ってそうしてると、母さんが救急箱を持って戻って来た。看護師をしてた母さんは手際よく傷口を消毒しサージカルテープで軟膏を塗った脱脂綿を貼り付けてくれた。

 どうしてお縁から落ちたのと聞かれ、わからないと答えた。

 板に足が滑ったのだ。

 腰を下ろして振り向くと、ひしゃげた西瓜(すいか)の上にひっくり返ったお皿が乗っかっていた。



 無事だったのは、細工箱だけ。



 一枚引き出していたはずの板が戻っていた。



 母さんに聞いても触らないといわれた。

 西瓜(すいか)もジュースもぱあだ。

 そそっかしいと母さんに馬鹿にされた。

 なんで滑ったのか本当にわからない。

 滑る瞬間、足の裏が冷たく感じた。

 コップを割ってジュースが散ったぐらいだ。

 板廊下が濡れてるなんて変だと思った。

 割った残骸を確かめる様に見る。

 顔を振り向けた瞬間、目線が外せなくなった。



 細工箱の細板が横に飛びだしていた。



 怪我をしなかった手を伸ばし箱をつかんだ。



 まるで氷をつかんだように冷ややかだった。



 飛びだしている板を戻そうとした。

 いくら指で押しても戻らない。

 母さんが埃取(ちりと)りを取ってきてガラスの破片を片づけ始める。

 その横で細工箱をいぢり続けた。

 一瞬、閉じてるように見えたのはなぜだろう。

 なんだか得体(えたい)のしれない箱だ。

 気になってさらに動く板を探す。

 冷蔵庫にまだ西瓜(すいか)があるからと言われ、思わず振り向いた。



 その瞬間、指で押し続けていた二枚目の細板が箱から滑り出した。





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