陸 之 剽窃

文字数 1,139文字

 ニュースからバラエティー番組に変わっても呆然としていた。

 やっぱり階下の男が放火してたのだ。いいや、他の兄弟かもしれなかった。その事実をいずれ警察は突き止められるのだろうか?

 いや、もしそうなら階下の男は今夜帰っては来てないはずだ。

 急いで部屋の鍵をつかむと廊下を小走りで土間まで行きサンダルを履いて外に出て玄関に施錠した。

 もし帰ってないなら階下の男が放火魔になる。

 エレベーターに乗り込み一階のボタンを押してじりじりと下り着くのを待った。

 ドアが開きエントランスを駆け抜け自動ドアが開き切る前にすり抜けて夜のマンション前に出る。

 七階を見上げテラスの灯りを確かめた。

 端からはしまで明るくなっている。なら住人は(みな)帰宅してると思ってよかった。

 放火魔は階下の男じゃなかった。兄弟がやっていて捕まったのだ。でも瓜二つの顔立ちだ。アリバイ工作もできただろうに。

 エントランスへ戻ろうとセキュリティ扉のキーを打ち込んでいるときに背後で気配がして半身振り向いた。



 レジ袋を提げた階下の男が無表情に立っていた。



 ぎこちなく会釈したが男は冷ややかな目つきで見つめるだけで会釈も返さない。

 慌ててパスワードの数字を打ち込みエントランスのドアを開き中に入ってしまったと思った。

 同じエレベーターに乗り込みたくない。

 一緒になったら狭い箱──服に火を着けられるかもしれないと思い込む。

 なんとか時間を稼ごうと集合ポストへ向かい自室のポストのダイヤルをもたもたと回す。

 男が通り過ぎてゆくのがステンレスの扉に影が映り込んでわかった。

 早くエレベーターに乗り込め!

 ゆっくりと開いた空のポストの中を見つめ手を差し込んで時間をつくる。

 エレベーターの到着音が聞こえてはらはらした。

 だが待っても一向にエレベーターの扉が閉じる音がしない。

 早く上がんなさいよと思い心臓が打ちつけた。

 あきらめてポストを閉じ振り向くと男がエレベーターの扉に手を添えて止めていた。

 素通りして階段に向かい急いで登り始めるとエントランスからエレベーターの閉じる音が微かに聞こえてきた。

 ホッとして二階に登ると脚を緩めた。

 七階の階段に待ち構えられたらたまったものじゃない。

 エレベーターが七階に着いたころまだ三階と四階間のの踊場にいた。

 あの男、今日つけられたことを知ってて会釈を返さなかったのだろうか。

 それとも兄弟が捕まったことで気もそぞろだったのか。

 不気味だと五階の弾を踏みながら鳥肌立った。

 ああ、あんな奴と同じマンションに住みたくない。

 七階の階段フロアに男はおらずホッとして登る脚を早めた。



 踊場を曲がって見上げた八階に男が無言で立ちこちらを見下ろしていた。



 その目つきに殺意を感じて(きびす)返し階段を駆け下りた。





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