弐 之 転換

文字数 1,722文字


 街のブロック一区画がすっぽり入ってしまう広大な貨物室に行くまでに二つのエレベーターと長く折れ曲がり繋がった迷路の様な通路を歩かねばならなかった。

 途中、通路に窓でもあれば気分も楽だが、(ほとん)どはどれかの部屋に面しているし、よしんば外が見えても動かない宇宙の光景では──と意識から締め出した。

 中に置いてある数々の大きなものに比べ通路から貨物室に出入りする自動扉は案外小さい。大人三人が肩を並べ合わせれば一杯いっぱいの幅しかない。

 中に入り五十階建てのビルが入ると言われる高天井を見上げる。ここには雨雲が流れてくると冗談めかす人もいる。

 まわりを見回し床の区画白線に従い多くのものが整理し積まれた光景へ眼を走らせた。

 無人のはずの貨物室なのに何かしらの小さな音がたえず聞こえる。

 クラッピングという幽霊がらみの現象だと誰かが話していた。

 二十三世紀にも幽霊などの都市伝説は生きていた。

 問題のあった小部屋は右奥の外壁手前にある。

 歩いて十分もかかる。

 見上げても大きさ違いの同じ梱包ばかりで味気ない。

 先々に十字路のある貨物の間を通っているとゴーストタウンを歩いているようだった。

 しばらく歩いていると、ばたんと大きな音が聞こえた。

 クラッピングだなんて言えないほどの何かが床に落ちる音だった。

 今、この移民船で眼を覚ましているのは自分一人だった。

 何かの偶然だろうか。

 目的地の小部屋を後にして音の聞こえた方へ角を曲がり歩いた。二つ角を曲がると通路の中央に一つのコンテナが落ちて梱包が壊れ中身が散らばっている。

 乾燥保存食のパウチだらけだった。

 車ほどもあるコンテナがどうして落ちたのだろうと眉根をしかめ上を見上げる。

 貨物の高層の上に揺れるホイスト(クレーン)が見えた。

 使ってもいないクレーンのフックが揺れてるなんておかしい。

 隕石を片づけたら、制御室で監視カメラの記録を調べなければならない。

 唇をへの字に曲げ(きびす)を返して小部屋を目指した。

 自動扉の近くまで来て、やっぱり外部環境作業服(E E W C)を用意したほうがいいんじゃないかと迷う。

 貨物室のどこにロッカーがあったか思いだせず、左手首のソフトキーに触れ、情報スクリーンを起動する。

 親指にそって手帳サイズの半透明のレーザーホログラムが起動し外部環境作業服(E E W C)と打ち込むと最寄りのロッカーが船内地図に表示された。

 けっこう離れている。

 まあ放射能汚染されているわけでないし、生物汚染も考えられなかった。二十三世紀になっても地球以外で生物が見つかったという報告は一度もない。

 だから感染の恐れは考える必要はない。

 自動扉の前に立ちすぐに扉が左右にわかれ開いた。

 小部屋の中に入り、まず異物の隕石を見に行く。

 小部屋といっても家一軒が入る広さはある。

 記録録画の画像から左手の奥の壁に隕石がめり込んでいるのはわかっていた。

 見回して壁のそれらしい損傷部分を探した。

 隕石がない。

 隕石どころかぶつかって壊した部分がない。

 場所を勘違いしたのかと、部屋の逆も丹念に見回した。

 いったいどうなっているの?

 無いものがあると怖いが、あるはずのものがないとそれも気持ち悪い。

 それじゃあ隕石が飛び込んできた外壁側の傷はと見に行くと、それらしい場所で壁が補修されている。

 修理ドローンの仕事にしては綺麗な仕上がりだった。

 隕石が飛び込んできた穴があり、その勢いで部屋の反対にぶつかった記録も残っている。

 なのに隕石どころか当たった箇所がないなんて!

 まさか手足があり、この部屋を出て船内を歩き回っているとか。

 馬鹿ばかしい。ありえない。

 軽く考えていたが、恐怖を感じ始めた。その気持ちを(あお)る様な報告が入る。


 エンジン・ルームで故障発生。


 エンジンが止まれば、膨大な時間を失ってしまうと青くなった。銀河系全体が流動的に移動しているので一度止まると目的地の星から大きくそれてしまう。そうなったらコースの再設定にまた余計な時間を使う事になる。

 生命維持に関わる余計な資材は積んでいなかった。

 一人の判断で何万もの人々を危険にさらせない。

 小部屋を後にしてメインエンジンのある区画へ走った。



 その姿をじっと見ているものがいた。





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