弐 之 剽窃

文字数 945文字

 顔を合わせた瞬間、驚いた表情を浮かべただろうか。

 まさか火災の規制線にたむろする野次馬に混ざっていた男が同じ集合住宅にいるなど思いもしなかった。

 似ているだけだろうか、と考え会釈すると挨拶してきた。

 この男も通勤電車で同じ方面に向かっているのか。

 いや、途中で瓜二つの男が乗り込んできたじゃないか。

 一階についてエレベーターを男から遅れて下りるとその男は駅に向かい先に歩きだした。

 やっぱり同じ電車なのだろうか。

 火災のあった場所は隣町だった。ニュースで放送されていた映像は暗く不鮮明だったので階下の男と同じだとは限らない。

 駅に着いてホームへ行く男の背姿を眼で追った。

 同じホームだ。

 同じ電車ということに心乱れた。

 この間、車両の反対側に乗ってるのを見た男は階下の男だった可能性が高くなった。

 嫌な感じだと下唇を咬んだ。

 男は同じ車両の反対側に立ち背を向けた。

 いやだ──今までどうして気づかなかったのだろう。同じマンションの住人だったなんて。

 いや、同じ集合住宅の男だから動揺しているんじゃないと考えなおした。

 遠い場所の火災現場にいたことが気に入らないのだ。

 偶然にしてはできすぎだと思った。

 出勤車両には似た顔の男は途中乗り込んでは来なかった。

 自分の方が先に下車駅に着き電車を下りた。同じ駅に男が下りなかっただけでも気がやすまる。

 それでも一日、仕事中に男のことを時折思い返した。

 仕事に疲れ帰宅電車に乗り込んだ直後、車両の中を見回して階下の男が乗り込んでいないか見回した。

 似た顔もなく安心して車窓の風景を見つめた。

 まさか帰宅電車でも一緒になるなんて有り得なかった。

 途中駅で停車したときも乗り込んでくる乗客の顔を見回した。似た顔もなく安心しかかった刹那(せつな)、終わりの方に乗り込んできた男を見て顔を(こわ)ばらせた。

 最初、階下の男だと思った。

 男は車両中央に乗り込むとすぐに閉じたドアに向かい顔を逸らした。

 仕事帰りじゃないと思った。今朝と服装が違っていた。

 朝はより遠い駅に男は向かった。

 それを途中の駅から違う服装で乗り込んできた。

 いったいどうなっているのだと男を盗み見た。

 その夜、ニュースでまた火災の報道をしているのを夕食時に見た。



 男が乗り込んできた駅のある町だった。





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