拾参 之 地獄

文字数 1,133文字



 突然、視野の右隅で動きがあったので顔を振り向けバリケードの後ろに張りつく同僚の横顔を見た。

 ヘルメットのプレキシガラス前面に多量の血反吐(ちへど)が掛かって流れ落ちていた。

 動いたと思ったのは同僚が動いたのではなかった。

 船外活動服の胸を突き破り(ひじ)から手首までありそうな長さの黒いぬらぬらと艶のある(やり)のような尖ったものが飛び出していた。

 気がついたのは私だけではなかった。反対側にいる別な操縦士も気づき驚いた顔を向けていた。

 その胸から尖った突起物を突き出した同僚がゆっくりと持ち上がり始め身の危険を本能で感じて思わず後退(あとず)さり持ち上がってゆく同僚から離れ後ろをゆっくりと振り向いた。

 それ(・・)を眼にした時には他の同僚も二人異変に気づきそれぞれが持ち上がる同僚と後ろを見ていた。



 数歩踏み出し手をのばせば触れられそうなすぐ(そば)にいる牙剥(きばむ)いた異形のそれ(・・)を見上げ同僚二人がパルス・レーザーを振り向け息と(まばた)き忘れ圧倒された。



 黒光りする竈馬(カマドウマ)の背のような湾曲した長い頭頂部を持ち目はなく金属質な光り尖った歯が並び長い腕に鋭い指を持っている地獄の使者。(やり)のように尖った先が徐々に太くなる脊柱(せきちゅう)の形連なる長い尾を横から前に振り出して威嚇(いかく)していた。



 いきなりそいつ(・・・)が尖った歯を上下に開きそこから勢いよく飛びだしたもう一つの口が吊り上げられた同僚のヘルメットを後部から(つらぬ)いた。プレキシガラスの内面に脳髄(のうずい)や割れた骨が飛び散って同僚は手足を痙攣(けいれん)させ動かなくなったのを眼にして一瞬思った。


 こんな奴に勝てやしない!


 先に他の同僚二人がパルス・レーザーを撃とうとした刹那(せつな)あいつら(・・・・)から逃れてきたウォルターが異様な速さで二人のレーザー小銃を手刀で叩き落とした。

 もうその時には船長を含め残りの三人がことに気づいていて振り向いていたがウォルターが次々にオオキミの操縦士らの手からレーザー小銃を叩き落としていた。

 なぜそれ(・・)がバリケードよりも後ろにいるの!?

 逃げなきゃ!

 そう早鐘のように意識にのぼり武器を構えることすら思い浮かばず確かめもせずに後退(あとず)さりバリケードにした横倒しの事務机の脚に自分の片足をひっかけ尻餅(しりもち)をついた。

 ウォルターは続けざまに無防備になったオオキミの乗組員の腕をつかみ異星生命体の方へ振り回し突き飛ばし、それ(・・)は船外活動服のヘルメットを片手でつかみ紙でも握りつぶすように粉砕するか、尖った長い尾で身体(つらぬ)き、顔を口から飛びだす二重の口で打ち抜いた。

 瞬く間に四人が()られ、二人の同僚が混乱に乗じてこちらへ駆け逃げて腕をつかまれ立たされると三人で争うようにバリケードを乗り越え眼にした据え付けの重レーザー砲の自動照準器を叩き切り狂ったように走った。



 向かう先が機関部だと気づいても引き返せなかった。





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