玖 之 称

文字数 1,199文字

 二箇月かけ深さ七メートルに掘り下げた穴を(のぞ)き込んだ。

 底からそいつが見上げていた。

 殺すことができず、何度でも蘇るだろう呪いへの対処方法を考えに考えた末に得た。


 底から見上げる黒髪に覆われたそいつの表情が見えるようだった。


 人なら歯ぎしりする状況にそいつは見上げるしかない。

 いくら(からだ)が頑強で、いくら疲れ知らずでも、動き鈍いお前なら落ちた穴から()い上がること(かな)わぬと思った。

 これで跳び上がるようなことをされれば、準備した多くの手筈(てはず)も無意味になる。

 そいつがまだ数本の鉄筋に穿(うが)たれたままじっと見上げている。

 上がる(すべ)なくそこに何十年といるがいい。

 見下ろしてこれで終わりだと鼻で笑った。


 だが白いワンピースを着た呪いはゆっくりと右腕を振り上げ指さした。


 虚仮威(こけおど)しだ。

 今のお前に何ができるものか。

 その思いに応えるようにそいつが片手で腹に刺さった鋼鉄の矢を引き抜き腰を折り太腿(ふともも)を貫通している矢を引き抜く。

 鉄筋を引き抜いたとて、それで何が変わるというのだと思った。

 だが寸秒、眼にした光景に苦笑いし(ほお)が引き()った。



 上げた腕で抜いた鉄筋の矢を土の内壁に突き刺した。



 あぁ、そんな────!

 見落としだった。そんな方法で上がってくるなんて。

 一度刺したものより高い位置に打ち込み片腕でぶら下がり下の鉄筋を引き抜く。

 もたもたしていられなかった。

 後退(あとず)さり辺りを見回す。

 足元には(こぶし)大の石が幾つか落ちている。そんなものを投げつけても穴底にあいつを落とせはしない。

 離れた場所に肩幅の岩があった。

 抱え上げられるだろうか。そう思いながら駆け寄って抱きかかえようした。(わず)かに浮くがとても運べそうにない。

 手を放した拍子に落ちて傾いた。咄嗟(とっさ)に思いついたことに岩の背後に回り両手で押し始めた。

 動き始めはゆっくりとだが、一回転すると押し続ければ勢いで次も転がる。それを繰り返し穴へと急いだ。

 五メートルになり、三メートルを切り、穴の内壁が見えてくる。

 あと一メートルを越した刹那(せつな)、穴の縁に土にまみれたそいつの手が現れた。

 必死になって身体全体で岩を押し転がす。

 両手を穴外にかけ呪いの女が頭を見せた。

 (わめ)き有りっ丈の力を込め一気に岩を押し切った。


 そいつが岩に抱きつくように立ち消え、縦穴から鈍く短い音が聞こえてきた。


 恐るおそる(のぞ)き込む。



 穴底で岩に胸を(つぶ)されたワンピースの呪いが動かずにいた。

 死んだのだろうか。

 死ぬと消えて、他の場所に復活するのだろうか。

 罠や仕掛けは一通りしかない。

 すぐに復活してきたらひたすら逃げるしか手はなかった。

 殺さずに穴に閉じ込める狙いが狂ってしまった。

 だが転んだ事実に眼を見張った。



 穴底で胸の上から岩を横へ落としたワンピースの女が立ち上がりまた両手に鉄筋を拾い上げた。

 それを眼にして、顔を()らし周囲に別な岩を探し求めた。



 その場にはもう動かせそうな岩はなかった。





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