弐 之 指
文字数 1,402文字
まるで夢遊病者のように赤信号の歩道に片腕を上げ指さしながらその女は歩き出てきた。
反対側のこちらで信号待ちしていた女が悲鳴を上げ顔を逸らした。
その瞬間、六車線の一番遠い場所を走ってきた中型トラックにその腕を上げて歩き出た女は鈍く大きな音と共に遠くに跳ね飛ばされトラックが急ブレーキをかけ追いかけるようにして止まった。
信号待ちの数人から短い声が上がり、少し間 があいてその中の男数人が悲鳴にも似た短い声を洩 らした。
タイミングがおかしいだろうと、街灯の合間の倒れた女へと視線を戻した。
トラックのヘッドライトに照らされた白いワンピースの女がぎこちなく立ち上がり、こちらの横断歩道端へ片腕を振り上げた。ヘッドライトの間近だったので指さしているのがはっきり見えた。
頭の打ち所が悪かったのか?
事故に混乱してるのか?
指さしている場合じゃないだろうと思った直後、女がトラックのライトから抜け出て、隣の車線にすたすたと入り込んだ。
その瞬間、今度はトラックの脇を走って来た乗用車に女が跳ねられ、フロントガラスに打ち上げられ急停車した乗用車の後ろに頭から落ちた。
ああ、あれじゃあもう絶対に助からない。
その倒れている女の前に後続の車が急ブレーキで停車し動かなくなった女を車のライトが照らしだしていた。
だが動かないと思った女が地面に片手を立て上半身を起こすと何事もなかったように立ち上がり、ヘッドライトの明かりの中でまた右手で指さして歩き始めた。
その白いワンピースがまったく血に染まっておらず、女はゆっくりと歩いて分離帯の植え込みに分け入り突き出るとそのままこちらの歩道目指し歩いてくる。
次々に車が急停車し、三度轢 かれることはなかったが、見てるのも怖くなり信号待ちの歩行者をかき分け反対の方へ急ぎ足で歩き始めた。
あの二度轢 かれた女は異常だった。
痛がる素振りも、自分の身体を心配する気配もなく右腕を振り上げ指さした方へとり憑 かれたように歩いてきた。
きっと何かの薬中毒者で、痛みなんかまったく感じないとか。
あぁ、変なものを見てしまったと、むかつきだした胸を堪 えてどこかで酒でも飲んで忘れようと一見さんで居酒屋に入った。
何かを忘れようと煽 り酒のつもりで冷酒を数杯飲んだだけですっかり出来上がってしまった。
それでも明日の仕事のことが心の片隅にあり続けて、悪酔いするほどは飲めなかった。
小鉢の煮物に少しだけ箸をつけ、一人女のカウンターも居心地が悪く、勘定を済ませて暖簾 を出た。
まだ人通りもかなりあり、タクシーを拾おうと人の流れに身を任せて大通りを目指す。
大して歩かなくても押し出されるように車の行き交う通りに歩き出る。
ガードレールの切れ目から歩道縁石の端に立ち、自家用車や空車の表示が消えている車の先に乗れるタクシーを待った。
車の走ってくる車道を見ていて歩道になんとなく視線が吸い寄せられた。
歩道を行き交う歩行者の流れの中に白いワンピースの女がいることに気づいた。
かなり距離があったが、その女が右手を上げて指さしているように見えだした。
気になりだしたらタクシーを探すどころではなくなった。
人の流れに逆らうようにその女が近づいてくる。
百メートルもなくなると、車道の際 から踵 を返し、ワンピースの女が来る方とは逆側へ駆けだした。
バクバクし始めた心臓が苦しくても駆ける脚を緩めなかった。
反対側のこちらで信号待ちしていた女が悲鳴を上げ顔を逸らした。
その瞬間、六車線の一番遠い場所を走ってきた中型トラックにその腕を上げて歩き出た女は鈍く大きな音と共に遠くに跳ね飛ばされトラックが急ブレーキをかけ追いかけるようにして止まった。
信号待ちの数人から短い声が上がり、少し
タイミングがおかしいだろうと、街灯の合間の倒れた女へと視線を戻した。
トラックのヘッドライトに照らされた白いワンピースの女がぎこちなく立ち上がり、こちらの横断歩道端へ片腕を振り上げた。ヘッドライトの間近だったので指さしているのがはっきり見えた。
頭の打ち所が悪かったのか?
事故に混乱してるのか?
指さしている場合じゃないだろうと思った直後、女がトラックのライトから抜け出て、隣の車線にすたすたと入り込んだ。
その瞬間、今度はトラックの脇を走って来た乗用車に女が跳ねられ、フロントガラスに打ち上げられ急停車した乗用車の後ろに頭から落ちた。
ああ、あれじゃあもう絶対に助からない。
その倒れている女の前に後続の車が急ブレーキで停車し動かなくなった女を車のライトが照らしだしていた。
だが動かないと思った女が地面に片手を立て上半身を起こすと何事もなかったように立ち上がり、ヘッドライトの明かりの中でまた右手で指さして歩き始めた。
その白いワンピースがまったく血に染まっておらず、女はゆっくりと歩いて分離帯の植え込みに分け入り突き出るとそのままこちらの歩道目指し歩いてくる。
次々に車が急停車し、三度
あの二度
痛がる素振りも、自分の身体を心配する気配もなく右腕を振り上げ指さした方へとり
きっと何かの薬中毒者で、痛みなんかまったく感じないとか。
あぁ、変なものを見てしまったと、むかつきだした胸を
何かを忘れようと
それでも明日の仕事のことが心の片隅にあり続けて、悪酔いするほどは飲めなかった。
小鉢の煮物に少しだけ箸をつけ、一人女のカウンターも居心地が悪く、勘定を済ませて
まだ人通りもかなりあり、タクシーを拾おうと人の流れに身を任せて大通りを目指す。
大して歩かなくても押し出されるように車の行き交う通りに歩き出る。
ガードレールの切れ目から歩道縁石の端に立ち、自家用車や空車の表示が消えている車の先に乗れるタクシーを待った。
車の走ってくる車道を見ていて歩道になんとなく視線が吸い寄せられた。
歩道を行き交う歩行者の流れの中に白いワンピースの女がいることに気づいた。
かなり距離があったが、その女が右手を上げて指さしているように見えだした。
気になりだしたらタクシーを探すどころではなくなった。
人の流れに逆らうようにその女が近づいてくる。
百メートルもなくなると、車道の
バクバクし始めた心臓が苦しくても駆ける脚を緩めなかった。