伍 之 地獄

文字数 1,003文字



 驚くに値しない。

 そう操縦士の一人が言いだした。

 航海中の遺体は植民地まで冷凍するか、余分な場所と冷凍能力を節約するため身を包み宇宙空間に放出するのが国際航宇規定にあるという。

 それは一理あると思ったが、船内の傷跡は少数の争いとは思えなかった。その多くの遺体を処理するには多くの移民が冷凍睡眠から起きていたことになる。

 そうなれば酸素や水、食物を含め多量の船内備蓄の消耗が激増する。

 そこから再冷凍睡眠に入ったとも考えられたが、睡眠処置にそれなりに人手がかかり、アンドロイドも限られているので多くの時間を費やしたはずだ。船内の破損を修理する()もなく寝なければならない追い込まれた状況で遺体処理ができただろうか。

 まず冷凍睡眠室の複数のエラーから確認し復旧できたら遺体の安置を調べようと船長が決め異存はなかった。

 歩き見回す戦場の痕跡に寝ていたはずの移民がどうしてと疑念を抱いた。

 冷凍睡眠室はどこの国の移民船でも最も重要な区画なので必ず中央部にある。

 操縦室から歩くと半時間以上かかる場合が多い。

 途中のコンソールで進み具合を確認しながら歩いていると先頭歩く操縦士がいきなり立ち止まった。

 通路床の溶解した裂け目の(そば)に転がっているのは人でないものの腕だった。関節から先の細く長い腕に鋭い爪が伸びた指を持っている。

 囲むように誰もが無言でそれを見つめた。

 腕から想像するその異形の生き物の姿よりも恐れを抱いたのはその大きさだった。

 もしかしたらグリズリーぐらいの大きさをしているかもしれない。立っているのを想像したら楽々と人を上回るほどの背丈があるかもと恐怖を感じた。


 腕だけで凶暴そうな生き物に思えた。


 どこからこんなものが入り込んだのだとあれこれ考えた。

 積まれている胚芽にこんな生き物は絶対にない。

 地球の動物を遺伝子操作してもここまでのものにならないだろうと思った。

 コヴェナント号が航路途中のどこかの惑星で見つけたのだろうか。それともコヴェナント号にぶつかった隕石に寄生していたとか。

 船長に移民達が争ったのはこの生き物ではないのかと告げた。

 だが至る所にある争いの痕跡はその生き物が単数ではなかったことを物語っていた。


 (あり)のような昆虫は(えさ)を巣に運び込む。



 もしも────もしも移民達がすべてその生き物に駆逐されたのだとしたら、その生き物は人々をどこかの巣に運び込んだ可能性があると(みな)に警告した。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み