捌 之 剽窃
文字数 1,287文字
玄関外にもエントランスの集合ポストにも表札は出してない。
階下の男が部屋を知るわけがなかった。
だがあの男がドアにバツ印をつけたような気がしてならない。あの意味は何なのだろう。
その気がかりに意識とらわれ転けそうな勢いで階段を駆け下りた。
エントランスから通りに出たとき七階のテラスから見下ろしている男がいようなど意識になかった。
そのままスーツケースを引っ張り駅前の通りを目指した。
この街のビジネスホテルにするか数駅離れた場所にするかで迷った。
駅に着いても深夜に電車はない。駅前の通りを走るタクシーをひろうつもりだった。
半時間で駅前に辿 り着いた。人気がないことが救いになった。通りを走り抜けるタクシーどころか一般車も殆 どない。
駅前の明るいところでタクシーが来るのを待つ。
またドアに書かれていた赤いバツ印が意識をよぎった。
意味はわからなくとも何かのマーキングだった。
目印をつけられた。
いい印象はない。
あの男が誰かに知らせるためにつけたとしたら、誰にだろうと考えた。
住宅街の空き地に集まったあの男の兄弟を思いだした。
あいつらはグルになって悪いことをしてるように思えた。
ならわたしが逃れなければならない相手はあの兄弟の人数だけいることになる。
なぜ火を放ってまわるの。
恨みのためか。お金のためか。それとも自己満足のためか。
証拠をつかんで警察に訴えよう。
そう決意するとほんの少し勇気が湧き起こる気がした。
このままタクシーがつかまらなければ駅前のビジネスホテルに入るつもりだった。
走ってくる車を確認していると通りの暗がりから人が歩いて来るのに気づいた。
こんな夜更けに駅に何の用だろうか。
街灯の灯りの下にその歩行者が入ってきて眼が釘付けになった。
階下の男に似ている。
それだけで気が動転し始めた。
こんな電車のない時刻に駅に来る理由は一つだった。わたしだ。そうに違いない。
後ずさりして改札へ向かう駅舎出入口の袖 壁に身を隠した。
見られただろうか。
駅は減灯されていて気がつかれなかったかもしれない。
改札の方はシャッターが下りていて逃げ場がない。
男が来る前に逃げだすべきだと思った。
スーツケースを引き摺 って逃げ切れるだろうか。迷ってる場合じゃなかった。
目立たぬよう、音を立てぬよう、そっと駅舎出入口から出るとビジネスホテルの方へ向かって真っ直ぐに歩き始めた。
振り向くと気づかれそうでどんどんと歩いてゆく。
後ろから男が駆けてくるようで心臓が跳ね上がった。
追いつかれる。
そればっかりが頭にあった。
あと少し。
ビジネスホテルのライトに照らされた看板まで百メートルもなかった。
急ぎ足になりスーツケースを乱暴に引き摺 ってゆく。
胸が痛いほどに脈打っていた。
ビジネスホテルの硝子ドアを押し開き店内に入った。カウンターに誰もおらず置かれた呼び鈴を叩 くように鳴らして受け付けの従業員を呼び続けた。
事務所か控えの部屋からカウンター・ボーイが出てきて眼を丸くして後退 さった。
蝶ネクタイをつけた階下の男がビジネスホテルの従業員をしていた。
階下の男が部屋を知るわけがなかった。
だがあの男がドアにバツ印をつけたような気がしてならない。あの意味は何なのだろう。
その気がかりに意識とらわれ転けそうな勢いで階段を駆け下りた。
エントランスから通りに出たとき七階のテラスから見下ろしている男がいようなど意識になかった。
そのままスーツケースを引っ張り駅前の通りを目指した。
この街のビジネスホテルにするか数駅離れた場所にするかで迷った。
駅に着いても深夜に電車はない。駅前の通りを走るタクシーをひろうつもりだった。
半時間で駅前に
駅前の明るいところでタクシーが来るのを待つ。
またドアに書かれていた赤いバツ印が意識をよぎった。
意味はわからなくとも何かのマーキングだった。
目印をつけられた。
いい印象はない。
あの男が誰かに知らせるためにつけたとしたら、誰にだろうと考えた。
住宅街の空き地に集まったあの男の兄弟を思いだした。
あいつらはグルになって悪いことをしてるように思えた。
ならわたしが逃れなければならない相手はあの兄弟の人数だけいることになる。
なぜ火を放ってまわるの。
恨みのためか。お金のためか。それとも自己満足のためか。
証拠をつかんで警察に訴えよう。
そう決意するとほんの少し勇気が湧き起こる気がした。
このままタクシーがつかまらなければ駅前のビジネスホテルに入るつもりだった。
走ってくる車を確認していると通りの暗がりから人が歩いて来るのに気づいた。
こんな夜更けに駅に何の用だろうか。
街灯の灯りの下にその歩行者が入ってきて眼が釘付けになった。
階下の男に似ている。
それだけで気が動転し始めた。
こんな電車のない時刻に駅に来る理由は一つだった。わたしだ。そうに違いない。
後ずさりして改札へ向かう駅舎出入口の
見られただろうか。
駅は減灯されていて気がつかれなかったかもしれない。
改札の方はシャッターが下りていて逃げ場がない。
男が来る前に逃げだすべきだと思った。
スーツケースを引き
目立たぬよう、音を立てぬよう、そっと駅舎出入口から出るとビジネスホテルの方へ向かって真っ直ぐに歩き始めた。
振り向くと気づかれそうでどんどんと歩いてゆく。
後ろから男が駆けてくるようで心臓が跳ね上がった。
追いつかれる。
そればっかりが頭にあった。
あと少し。
ビジネスホテルのライトに照らされた看板まで百メートルもなかった。
急ぎ足になりスーツケースを乱暴に引き
胸が痛いほどに脈打っていた。
ビジネスホテルの硝子ドアを押し開き店内に入った。カウンターに誰もおらず置かれた呼び鈴を
事務所か控えの部屋からカウンター・ボーイが出てきて眼を丸くして
蝶ネクタイをつけた階下の男がビジネスホテルの従業員をしていた。