肆 之 称

文字数 1,178文字

 落ち葉、枝を踏みしめその白いワンピースの女の胸元まで見えてくる。やはり息も切らさず(たに)を越えて来たんだ。

 立ち上がり身を(さら)した。

 顔を覆う長髪に視線はわからなくてもこちらを見てるとわかって(にら)んだまま出方を(うかが)った。

 ゆっくりと右腕を振り上げこちら指さす。

 そうだ。お前は私を指さし一心不乱に目指してくる。

 鉄の扉越しにも硝子(ガラス)戸の様にこちらに気づく。

 群集に紛れていても、灯台の明かり目指す船の様に真っ直ぐ向かってくる。

 いつもいつも、お前だと指さし障害を跳ね除けて触れようと間合いを詰める。

 そうして特急に挽き裂かれた服は、靴は、その(からだ)は、どういう手妻(てづま)なのと()に落ちない。

 半年前のあの時のままだと畏怖と困惑につかまれて放してくれそうにない。

 だが私は以前のままの私じゃないのよとワンピの女を(にら)みながら二歩進み出て誘いかけた。



 さあ、こい。



 そいつが勢いを増して傾斜地を登ってくる。

 私に触れたら、あのステンレスの物干し竿を曲げた様に骨を(くだ)(つぶ)すのか。

 だけどお前は高速で迫る鉄の(かたまり)になす術もなかった。

 それが今いる私を支えた。

 そいつに(さと)られぬ様に顔だけを見つめ胸を張る。

 踏みだしてくる化け物の(ごと)き相手の繰り出す足首が張ったワイヤーに近づいた。

 私しか意識にないそいつは(おのれ)の足元に注意なんてはらわない。

 そのか細い足首が仕掛けを引っ掛けた。

 離れた場所の石が押さえていたワイヤーがずれ跳ねるとその激しい振動でそれ近くの地面に刺した枝が引き抜けた。

 そいつは今、(おか)した引き金を気づきもせずに引っ掛けたものがうねり飛んだのにも構わず通り過ぎようとした。



 一閃(いっせん)(うな)り空気引き裂いた岩の(かたまり)が振り子の重りとなって真横からそいつに襲いかかった。



 寸秒、鈍い音を放ち(からだ)を横に折って近くの幹まで弾き飛ばされた。

 根本に落ちたそいつが倒れたまま動かない。

 (むご)たらしいとそいつが同じ人の身でなくとも思うのは普遍的な本能としてなのだと感じた。

 このまま二度と起き上がらないでくれと意識の片隅で願うのも(ひど)い仕打ちの裏返しだと知っている。

 息を殺し見守っているとそいつが地面に片腕を立てた。



 起き上がれるはずがない。



 あんな(ひど)い音を出して(からだ)を曲げられぬほど横へ折ったのだ。普通なら重傷で身動きもできない。

 黒髪を土に垂らし頭を上げ始め木に手をついて立ち上がってくる。

 横から襲いかかった岩の衝撃は車にぶつかられたほどなら、あの夜に何度も車道で跳ねられ起き上がってきたのも理解できた。

 これぐらいでこいつは私を(あきら)めない。

 地獄から()い上ってくる。

 顔を振り腕を上げまた指さされた。

 だが弱い衝撃が通じなくても。



 こいつは物理的に束縛される。



 木から離れ胴体を変なほどに横に折ったまま、白いワンピの女がふたたび足を繰り出しだした。


 さあ、こい。



 お前の歓迎会は、火蓋を切ったばかりだ。





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