玖 之 刺客

文字数 1,009文字


 女の消えた部屋をこれ以上調べるのは無意味だった。

 急ぎ足で廊下に出て一目散に台所へと向かった。

 調理場へ入りステンレスの調理台に拳銃を置いて調理油の一斗缶(いっとかん)三缶を見つける。缶切りで油の缶の角を切り開けその一缶を脇に抱えて廊下へと出て長い絨毯(じゅうたん)に油を撒き始めた。

 小走りにエントランスまで撒き、台所にとって返し別な缶を抱え右翼の廊下へと急ぎその廊下の奥からエントランスまで油を掛けてゆく。三つ目の缶の一部を台所に撒いて調理台の銃をホルスターに戻し最後の一斗缶(いっとかん)と布巾を数枚手にエントランスに急いだ。

 殺しをやった後、証拠隠滅のため現場に火を放ったことがあった。

 だがこれは隠滅ではない。

 抹殺するのだ。

 悪霊共々この屋敷を燃やしつくす。

 エントランスにありったけの油を撒いて布巾に油染み込ませコートのポケットからライターを取り出し玄関の扉を背に布に火をつけた。

 薄い黒煙を上げ燃え始めた布をエントランスの中央に放り投げ火がゆっくりと広がるのを目にして後手で玄関扉のノブを回し押し開いた。

 外に出ようとした刹那(せつな)、目にしたものに顔が強張った。



 出入り口の外にエントランスがあり両壁に二階へと回り込む階段があった。その大理石の床に撒いた油が勢い増して燃え上がっていた。



 激しい動悸を感じながら、振り向くとそこに同じ光景があった。

 どうなっている!?

 屋敷に屋敷が繋がっていた。

 玄関は駄目だと広がってゆく(ほのお)を避け台所へと繋がる左翼の廊下へと走り込んだ。そうして廊下の絨毯(じゅうたん)に染み込んだ油避けて奥の台所へと走った。

 調理場には勝手口があった。

 そこから逃げるしかない。

 調理台を回り込み勝手口扉のノブのノッチを回しデッドボルトを動かして扉を押し開いた。



 外に同じ調理場が繋がっていた。



 これは絶対に合理的ではない!

 有り得ない事態だった。

 顔を振り戻したら真後ろに黒ドレスの女がいた。

 咄嗟(とっさ)に銃を抜こうとした手首をつかまれ引っ張られ振り解こうと逆の手で女を突き飛ばした。

 だが手首握りしめる指はかたく後退(あとず)さった女に引っ張られ足を踏み出した。

 女を引き戻しその腹を蹴り上げ手首を振り解こうと腕を大きく振り回した。

 手首握りしめる指が万力に絞められているように強くなり激しい痛みで反対の手で女のつかんでいる手首を握りしめ(ひね)り放そうとした。


 女のつかむ指の強さがさらに強くなり激痛に両膝(りょうひざ)を床に落とした。



 そのまま一気に女に引き()られ始めた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み