壱 之 霊

文字数 894文字


 ああ、あれは狙っている。

 街の雑踏に流されずじっと見つめている白い和服の女に気づいた。

 腰に届きそうな長髪で顔が隠れているがじっと凝視しているのがわかる。

 憑依(ひょうい)して魂を喰らう気満々だ。

 今日の運勢を無視して凶方へと出向いた顛末(てんまつ)だ。

 近づかないとわかったら目の前の歩行者をすり抜け踏みだしてきた。

 思わず舌打ちした。

 気がつかれたら地縛霊が猫に木天蓼(またたび)になるのはいつものことだ。

 だが不思議と奴らは走ってはこない。

 いつもゆっくりと迫ってくる。

 まるでこちらの恐怖を(あお)っているようだといつか気づいた。

 行こうと思っていた店をあきらめポニーテールを振って(きびす)返した。

 向かってくる歩行者を(かわ)し急ぎ足になる。大通りの歩道を真っ直ぐ急いだ。追ってくる手合いは下手に裏道へ逃げ込むとそこに先回りしてくる。

 必ず────だ。

 立ち回りは避けたかった。

 組み合えば生気を吸い取られ呪詛(じゅそ)を植えつけられる。

 そこら辺の地縛霊と違い狙いつけてくる奴らはいつも力強い。野球選手でいえば大リーガー級だ。

 急ぎ足で足を踏みだし続け半身振り向き流れてゆく人の先を(にら)みつけた。

 向かってくるそいつは(かわ)しもせずに次々とすり抜けてくる。

 長髪を腹まで垂らしこっちを向いている。その髪の裏で腐ったような(まなこ)(にら)み返してくる。

 ああ、糞ったれ。

 しつこいと嫌われるぞと言ってやりたかった。

 まあ、死んでこのかた好かれることはなかっただろう。

 間合いは広がらず(わず)かに詰め寄られたような気がした。

 前へ振り向き小走りになった。

 この状況を奴は楽しんでいるのだろう。

 前から来る歩行者と肩ぶつかり合い怒鳴られた。

 相手している余裕はないと無視して離れようとしたら後ろから二の腕をつかまれた。

 態度に激昂しそいつが謝れとなじりだす。

 つかまれる腕の(ひじ)を握り(ひね)りあげ(ひざまづ)かせた。

 流れていた通行人は立ち止まり離れて成り行きを見ている。

 いつその人混みをすり抜けて長髪の女が指開いた手を伸ばしてくるかと気が焦った。

 (ひざまづ)いた奴の顔を蹴り上げ人垣(ひとがき)を押し分けその場を急いで離れた。



 その取り残された群衆の間合いにおこぼれをと次々に霊がすり抜けてきた。





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