漆 之 刺客

文字数 885文字


 二度姿現し何もしなかった女が、三度目にはこちらの武器に手をかけた。

 その意味は重大だ。

 手出しする意志を表明したのだ。

 なら四度目はもっと過激に挑んでくる可能性すらあった。

 女の消えた部屋を念入りに調べ廊下に出て隣の部屋を調べに行く。一度調べた部屋に女が入り込んでも扉を見に行けばわかる。ドアノブに髪の毛を一本載せてある。落ちていれば女が入り込んでいる確率が高い。

 一通り左翼通路に面する部屋すべてを調べ女を追い込む。

 歩き回りながら顔にあれだけ銃弾を撃ち込まれ生きている方法をあれこれ考えてみる。

 防弾プレートの(たぐい)ではない。

 女が3Dフォログラムの可能性はないか。顔に銃創が開いたところでそれが本物とはいえなかった。いや中華包丁を叩きつけた時の手応えは本物だった。

 十三室目を調べ女がいない。

 このようなことを時間の無駄とは考えなかった。仕事としての殺しは行き当たりばったりの行動では上手くゆかない。綿密(めんみつ)な積み重ねで司法の手からも逃れる。

 要は合理的なのだ。

 だが黒ドレスの女は理屈に反し自信を脅かし続けている。

 幽霊や怪物の存在をまったく信じないが、もしもそうなら護符とか銀の十字架を溶かし作った銃弾が必要になると考えて鼻を鳴らした。

 両足を切り落としてなお自由に動き回るやつに神の力が効くものか。

 どうしても銃でケリをつけられなければならぬと(おのれ)に言い聞かせた。

 十四室目の扉ノブに手をかけ静かに回し戸をそっと押し開ける。(わず)かずつ広がる隙間(すきま)に銃を差し入れなくなっていた。

 そうして扉を完全に開ききり袖壁の裏に手首を曲げ押しつけた。

 胸前近くに銃を両手で構え一歩室内に踏み込み振り向いて右の袖壁裏へ銃口を向ける。

 だが誰もおらずその部屋の捜索に掛かった。

 カーテンの裏、横長のソファ後ろぐらいしか隠れるとこもなく暖炉に背を向けこの後の行動を思案する。屋敷左翼の一階は台所を除いてすべて見て回った。

 キッチンを調べ一階右翼の部屋の捜索をするか、二階左翼の部屋べやを調べて回るか。



 考えている背後で暖炉の煙突から黒ドレスの女が静かに下りてきて金属の火掻(ひか)き棒を拾い上げた。





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