中庭 壱 之 苅込

文字数 1,631文字



 午後の仕事中、席を離れたり戻ったりする都度、端の方の同僚の人を盗み見た。


 相手も時折こちらを気にしてる。


 視線が合いそうになると互いに不自然に顔を()らす。

 その女の先輩に何かしたわけじゃないのに、と腹立たしくなった。

 (いら)ついて仕事に間違いもでる。

 明日もこんな調子じゃたまったものじゃない。


 退社時刻間際に思いきってその人に尋ねに行った。


 切りだした瞬間、探るように目を上げてきた。その振りがいかにも怪しいと強気になった。

 貴女(あなた)、恨みを買うような事をしたのと、その人から逆に問い返された。

 真っ先に総務の魔法陣女の事を思いだした。

 なんでそんな事、わかるんですかと問いつめるとその人がぼそりと告げた。


 え? 神主の娘?

 呪いのかかった人に黒い(もや)


 思わず声を小さくして総務の人の事を話した。

 この三日、誰にも相談できなった思いの丈が(あふ)れ出た。

 眼の前の先輩は真剣に聞いてくれた。

 味方ができただけで解決した気になる。

 ただひたすら助けを求めた。



 どうする事もできないとあっさり言われ唖然となった。



 西洋の呪いはものが違うと説明されてお(はら)いではどうする事もできないらしい。

 だけど帰って父に相談してくれると確約してくれた。

 先輩とのやり取りで総務の人から目をつけられたと決まってしまった。

 だけど魔法陣女と目すら合わせた事がない。

 何かしたのは、偶然パソコンの壁紙を見ただけなのに。


 西洋の呪いなら、教会で何とかしてくれるだろうか。


 そんな伝手(つて)もなくどこの教会に相談に行けばいいのかわからない。

 帰りは更衣室で鉢合わせにならない様に角がくる度に(のぞ)いてから歩いた。

 これでロッカーに何かされていたら、どうにかなりそう。

 でもロッカーも中のものにも何も変わった事がなく気が少しだけ軽くなり家へ急いだ。

 帰り道をつけられていないかと、数回振り向いた。

 人ごみに(まぎ)れてないかと視線を走らせた。

 人通りの切れた場所でも確かめた。

 そんな事されたらそれこそあいつは変質者だ。



 自宅アパートの前の通りは夕刻遅くなると(ほとん)ど人を見かけない。

 曲がり角から反対の十字路まで見渡しても誰もいない事に安心した。

 階段を上り短い外廊下を奥へ行く。

 奥まった自宅扉を開く前に二階から前の通りを見おろした。


 誰かが(あわ)てて隠れる事もない。


 だけど取り越し苦労ではないと庶務課(しょむか)のその人とのやり取りでわかっていた。

 鍵を差し込んで生唾を呑み込みゆっくりと扉を開く。

 狭い隙間から(のぞ)き込んで裏側を確かめた。


 変な模様もなくて中に入って急いで鍵を閉めチェーンを掛けた。


 何かしてあるとびくびくするのはロッカー扉の事があったからだった。

 靴を脱いでため息がでた。

 何だかものすごく疲れた一日だった。

 もう今夜はご飯の仕度(したく)する余裕もないから冷凍もので間に合わせる。

 そう思って玄関際の壁に手を上げ照明を点けた。

 まだ社会人一年生なので安アパート。

 玄関正面の壁の片側がキッチンになってる。もちろん部屋はワンルーム。あとトイレと一緒になったユニットバスがあるだけ。

 その部屋で出迎えてくれる人もいない。

 両親は田舎で暮らしてた。

 家族の顔でも見られたら、少しは心安らぐだろうと思った。


 卓袱台(ちゃぶだい)の上にバッグを置いて座り込んでしまった。


 どうやって名前やロッカーを調べたんだろう。


 総務に封筒を置きに行った夕刻、誰とも会わなかった。

 もちろんあの女にも顔を見られてない。

 何でだろうとあれこれ考えながら風呂を先にするか食事が先かと部屋着に着替えた。

 もしかしたら魔法で調べたのかもしれない。

 冷凍庫から半分残してあった冷凍ピラフの袋を取り出し、水切りに立てていた深皿を取ってシンクに落とした。



 皿に黒い模様が入っている。



 あの得体の知れぬ曲がりくねった文字か模様かわからないもの。

 目を(およ)がせたら深皿の後ろに立てていた別の皿に違う模様を見つけ後退(あとず)さった。



 警察に報せないと、と気も狂わんばかりに部屋に走り戻った。





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