肆 之 詛言

文字数 1,206文字



 たった一日、二日、生活が不規則になったぐらいで偏頭痛(へんずつう)と軽い貧血に目眩(めまい)感じてしまう不甲斐なさ。

 作家家業になってから夜型の生活が続いているが、それがかえって夜空を見上げる機会を増やしてしまい仕事に集中できなくなった。

 問題はあの赤い星がどれくらい遠くにあるかだ。

 それを調べようにもネットでわかる範囲は名高い星や星団ばかりで、天文台のプロが確認できぬと言い切ると調べようがない。

 だが二夜(ふたよ)で大きさが変化したのは眼の錯覚かとも思った。

 比較するものがあれば確かめられる。まさか星空に定規を向けて目盛りを読んでもわからないと思った。あれこれ探し裁縫用の針はどうだろうと腕を伸ばし糸通しの穴を腕を伸ばし見つめてみる。

 使えそうだ。

 さっそくテラスに出て星空を見上げオリオン座の方へ腕を伸ばした。

 針の穴に赤い星を合わせ(のぞ)き込むと穴よりも小さく半分ほどもない。

 そうやって見ると裸眼で見たよりも小さく感じて杞憂(きゆう)ではないかと思った。

 隕石じゃあるまいし光が千年以上かかって届くような気の遠くなる遥か遠くから地球へ当たるはずがないし、どう膨張したら地球にとどくのだ。

 ありえない。

 杞憂(きゆう)だと自分に言い聞かせる。

 あの赤い星は大きくなってなく眼の錯覚だと針握った腕を振り上げた。



 針の穴どころか頭の幅よりも星が大きい!



 受け入れられなくて針を見つめ続けるが、はみ出している部分が見る間に倍の大きさになった。

 上げた腕が震えだして針を赤い星に合わせることすらできなかった。

 もうどう見てもオリオン座のどの星よりも大きく星座のバランスを見事に(くず)している。

 勘弁してほしいと思った。

 あんなに目立つ星を天体観測のプロが見逃すはずがなかった。

 プロが見逃すからには理由があるはずだった。

 知っていて嘘をつかれていると考えそれも変だと思った。

 そうする理由がない。

 そこで気づいた。

 編集部の担当も見ていないのだ。五年も付き合いのある担当が嘘をつくわけがなかった。

 いや、天文台の知人に問い合わせたこと自体が嘘ならと戸惑いが膨れあがった。

 そうだ! 写真を撮ってそれを突きつければいい。

 そう思ってスマホを取りに部屋へ戻りもう一度テラスに出て星空を見上げた。

 スマホは心霊写真を撮るために長時間露光のできる変わりものだ。

 試しにオリオン座の左肩のペテルギウスという二番目に明るい星に合わせシャッター・アイコンをタップした。

 シャッター音がして数秒──画面に撮れた星が表示された。

 ぶれてオーブのようにも見える奇妙なものになる。

 だが撮れることを確認できた。

 問題の赤い星へ(わず)かにずらし液晶に表示させようとした。

 ぶれてレンズに収まらないのか、何度合わせようとしても表示できない。

 ペテルギウスは一発で表示できたのだ。それができぬわけがないと十分近くあれこれと試した。



 一瞬でさえとらえられないことに苛立ちでなく、冷や汗が浮かび上がった。





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