漆 之 示唆

文字数 857文字

 乗用車に跳ね上げられたのに立ち上がってるぞ、と天井から車外に身を乗りだした隊員が横を向いて大声で告げた。

 その隊員が自動小銃を構えながら市街地なので撃てないでいることがすぐにわかった。

 走り出して!

 そう運転してる隊員に怒鳴った。

 ディーゼル・エンジンが咆哮(ほうこう)を上げ装甲車が大きく後ろに(かし)いで加速しだした。

 上官から言われていたがほんとうにあれ(・・)は不死身なのかと振り向いた三等陸尉に問われた。

 不死身ですって!?

 そもそもあれ(・・)が生きていることすら怪しいんですよと釘を刺した。七階からアスファルトに直撃し、警官に額を拳銃で撃たれてなお私を追いかけてくるような奴ですと説明する。

 あんた何に(たた)られたんだと言われてあの夜ぶつかり倒した老婆を昨日のように思いだした。

 たったあれだけのために私を呪ったのか!?

 いきなり装甲車が横に曲がり長椅子にしがみついた。

 今、演習場を東へ回り込んでいますと運転してる隊員が教えた。

 あれ(・・)は最短距離をとってくる。

 きっと演習場を突っ切って来る。

 それを今更(いまさら)に思いだし自衛隊の特殊部隊の人らに問いただした。

 あなた方はあれ(・・)をどうやって倒すおつもりなのですか。

 あなたが山で甲壱(こうひと)と対峙した手法を使いますと言われた。

 私はあれ(・・)に決定的な打撃を与えられなかった。

 ほんの一時、ほんのり(わず)かな時間だけあれ(・・)を足止めできただけだと困惑した。


 私は(おとり)としてあなた方に召還されたんでしょうと念押しした。



 そうです。演習場で甲壱(こうひと)を罠に誘い込む役割を果たして頂きますと三等陸尉が真剣な眼差しで見つめ告げた。



 どんな罠か知れないがどれほどあれ(・・)に効果あるだろうか。落とし穴に()まったあれ(・・)は、自分に突き刺さった鉄筋を引き抜いて穴の壁に突き刺して登ってきたのだ。頑強(がんきょう)なだけではない。知恵がまわる(やから)なのだ。

 思いだして震えが走った。

 一瞬、あの顔の前に垂らした長髪の(あい)から見えた腐ったような赤い(まなこ)がお前を地獄に連れて行くと叫んでいた。

 漠然(ばくぜん)と感じた。



 この人らがどのような手段を講じようと────あれ(・・)を止められはしない。





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