拾 之 示唆

文字数 900文字


 闇の中にあの長髪の女を見つけ思わず三佐の斜め後ろに身を引いた。

 暗くても距離がもう百余りだと思って臓腑が締め上げられた。

 心臓が早鐘のように打ちつけ握りしめた手のひらに汗が滲んでくる。

 逃げだしたい。その思いが膨れ上がった。


 負けないで。


 そう前に立つ三佐が(ささや)いた。

 そうだ。逃げても逃げきれず、いずれ捕まり命奪われるならと山で彼奴(あいつ)を迎え打ったのだ。

 あの時はすぐ(そば)にまで彼奴(あいつ)がいたではないか。

 三佐の背に隠れるようにして顔を(のぞ)かせていた直後、歯を食いしばり彼の横に足を踏みだした。そうして両腕を広げ大声を上げた。



 私はここよ! さあ!! 来なさいよ!!!



 あれ(・・)は決して走らない。だが特急電車に巻き込まれる寸前、大きく踏みだして私をつかもうとした。

 その呪いの白のワンピース女が離れたストロボ光の元へ揺れ歩いてくる。片腕を振り上げこちらを指さしているのが(ほの)かに見えた。

 自衛官らはあれ(・・)をどうするのだ!?

 爆弾どころか小銃の発砲もままならないこの場所で!?


 あれ(・・)がストロボ光に到達する前────もっと離れた所まで来た瞬間、いきなり点滅する光点が地面に吸い込まれた。


 同時に三佐が鋭くホイッスルを吹き鳴らした。

 ああ、この人たちは私が山で彼奴(あいつ)を落とし穴に掛けたようにこのグラウンドに大きな落とし穴を仕掛けていたのだと思い知った。

 寸秒、落とし穴周囲の離れた場所に土を払いのけサーチライトを持った隊員らが身を起こし立ち上がり穴の(ふち)に駆けて穴底を照らしだすと、別な場所から武器を構えた隊員らが土を弾き飛ばし立ち上がり穴の周囲へと駆け出した。

 すり鉢状になった大穴だがあれ(・・)が上がってこれない保証はない。

 それを自衛官らは銃器で撃ち落とそうというのかと顔を強ばらせ見ていると次々に鈍い発射音が聞こえ穴底へネットのようなものが広がった。

 それと同時に無線機のレシーバーへ三佐が大声で命じたのが聞こえた。


 遮断機閉じよ!



 穴底から広がった落雷のような青光りが闇を照らし、立ち上る異臭と煙りに何が起こったのだと穴へ近づこうとして横に腕伸ばした三佐に引き止められた。



 六万六千ボルトもの高電圧が穴底へ送り込まれていた。





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