捌 之 示唆

文字数 980文字


 安全だからと天井の開口部から外を(のぞ)かせてくれた。

 住宅街のすぐ(そば)を小道挟んでフェンスが回り込んでいる。

 この中が演習場なのだ。

 通り過ぎるフェンス向こうの木々の間から見えるのは何の照明もない暗闇だった。

 もうあれ(・・)は中に入って来てるのだろうか。

 銃声や人の怒鳴り声が聞こえないことが逆に神経を逆なでた。

 暗い中を装甲車のライトが迷走するように続くフェンス際の小道を照らしだしている。

 何度か曲がり、その狭いゲートのある入り口に着いた。

 装甲車の照明が消え後部ハドアから下りた隊員がゲートへ走って行くとすぐに門が開かれた。

 見えてなくとも音でそれがわかった。

 驚いたのは装甲車がライトを消したまま走りだしたことだった。

 山での歩荷(ぽっか)仕事で星空下の暗い夜道も歩けるようになっていたが、この人らは別種だと思った。

 開口部から車内に下りるように言われ段を下りると赤い照明に切り替わっていた。その赤い仄明(ほのあか)るい光りの中で三等陸尉がこれを被ってとヘルメットを渡され、被るとそれに双眼鏡のようなものを装着してくれた。

 暗視装置ですと彼が言い、車内灯を消して暗視装置の電源を入れてくれた。

 赤色灯と違い白から黒色の明暗で見える光景に違和感を抱いた。

 以後、作戦終了まで灯火規制を行いますと三等陸尉が告げた。

 彼らはこの装備で猫科の動物のように闇を手懐(てなず)けているんだ。

 装甲車の周囲は葉の落ちた林に小道が伸びていた。

 こちらですと三人の自衛官らに小道を案内されてどうして車で行かないのかと小声で尋ねた。

 音などで目立つからですと言われ、どのみちあれ(・・)は暗闇でも私を探しだすのだと思った。

 かなり歩かされ木のない整地された広い場所に出ると、七人ほど人が近づいてきてその一人がヘリコプターで迎えにきた三佐だった。

 あれはどこにと(たず)ねると把握してますと言われ続けて謝罪された。

 我々にも落ち度はありましたが、最大限の対抗策を用意する時間と場所が必要だったと説明された。

 この広い演習場であれ(・・)を吹き飛ばすおつもりですかと並んで歩く三佐に問うた。

 広い演習場といえどもここは住宅地に囲まれています。簡単には重火器や爆薬の使用は許されていないのですと彼が言った。

 直後、別の隊員が近づいてきて無線連絡だと三佐に告げレシーバーを渡した。


 甲壱(こうひと)──第一地点を通過と彼が耳に当てるレシーバーから聞こえた。





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