玖 之 示唆

文字数 882文字



 演習場は予想外に広いが、夜の山に比べると静寂ではなかった。

 微かに聞こえる街の騒音にまだ自分が逃げ込める場所が近くにあると(わず)かに安心感を抱いた。

 だが自衛官らが甲壱(こうひと)と呼ぶあれ(・・)にここで決着をつけに来たのだ。

 銃声どころか周囲を囲む十人の自衛官らの気配すら感じない。見えている緑色の濃淡の風景に彼らが映りこんでいることですら虚像のように思えた。

 十分ほど歩いているとまた無線連絡があり、甲壱(こうひと)が第二地点を通過したと報せてきた。

 あれ(・・)は確実に私へと向かって歩いてきている。

 単色の増感された視野では歩いている場所がどんなところなのかわからずとも踏みしめる靴底の感触から整地された土の広場だと認識できた。


 広場の先に白く点滅する二点の灯りがあった。


 なぜ距離をおいたあそこ二点だけに照明があるのかと三佐に尋ねるとあれは赤外線ストロボで肉眼では見えず近い一点が我々の待機する場所ですと教えられた。

 ならその先百メートルほどで明滅するもう一点がなんなのか直感で理解した。

 こんな身を隠すものもない場所で、十人足らずの男らしか(たよ)れず不安が膨れ上がってくる。

 ふと暗視装置が熱を持ったものしか見えていないことに気づいた。

 あれ(・・)は生きているとは思えない。

 この暗視装置で見えるのかと困惑した。

 だがあれ(・・)の移動を追い続け報告してくる自衛官らには見えている。

 なら私たちのように体温があるのかと眉根をしかめた。


 来ました! 距離二百。


 そう耳元で三佐が(ささや)き腕を伸ばして広場の先を示した。

 ヘルメットから吊り下げた暗視装置を向けるが、あれ(・・)どころか広場に誰も見えない。

 駄目だ! 機械に(たよ)っていてはあれ(・・)を見定められない!

 そう思い片手でヘルメットに吊り下げた暗視装置を跳ね上げた。

 機械の光りに慣らされた視野にはまったくの暗闇だった。

 山道の夜歩きで暗闇でものを見定めるときは真っ直ぐ見ては駄目だと経験から知っていた。


 段々と眼が()れ遠くの夜空に街の照明が反射して(ほの)かに感じられると(およ)がせている視線のはしの地面近くに(かす)かに白く揺れ動くものを見つけた。



 白いワンピースの呪いが歩いて来ていた。





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