第12話 下田主任のパソコン技術

文字数 1,294文字

下田主任は自分の親と同じ年齢の私を気に入ってくれた。
私の一番弱いウィンドウズ関連の知識を事細かく教えてくれた。
生徒のトラブルなどはそんなたいしたものはない。
でも生徒さんにとってのトラブルは本当に深刻な問題だ。
ドキドキして何か悪いことでもしたような心境になっている。

「どうしました、ああこれたいしたことはないですよ」
トラブルを解決してあげると安堵と尊敬の目で見られる。
これがなんともいえないいい気持ち。時々石岡校長に呼ばれてほめられる。
「いいですね、その調子でやって下さい」
「はい、ありがとうございます」
「でも、冗談はほどほどにして下さいね」

中高年の女性が来るとワクワクして、学習以外の日常会話が多くなってしまう。
「なんか児玉清に似ているって言われない」
「いいえ、池部良に似ているって言われます。最近は渡哲也と言われますね」
段々中高年の女性に人気が出てきて、パソコン以外の会話も弾むようになってきた。
ダジャレや冗談も多くなって教室が明るくなってきた。

時々石岡校長に呼び出される。
「早川さん、あまり特定の方と親しくしないようにして下さい」
「すいません、気を付けます」
「このところ私語が多すぎますね」
「すいません。反省します」
触らぬ神にたたりなし、校長に逆らうと即刻首になってしまう。
正社員ではないので、校長の胸三寸でどうにでもなるパートの雑用係だ。

お客様との雑談が、この教室の人気になっている事に気づきはじめた。
これだ、中高年に教えるのはこのやり方だ。幸い石岡校長はほとんど教室にいない。
時々教室に顔を出しまたどこかへ消えていく。
デスクの上に「健康ランド割引券」が置いてあるのが気になっていた。

石岡校長がいなくなると、またマイペースでダジャレを混ぜながら授業をする。
「検索ボタンを押してください。森田健作!」
「色は明るい緑のボタンを押してください。畠山みどり!」
「マウスはちゃんと持ってマウスか」
ムッとする人もたまにはいるが大体苦笑いしてくれる。

2ヶ月もすると段々生徒も多くなり、教室の講習料収入も上がってきている。
石岡校長の手提げ金庫のふたを開ける回数が多くなってきている。
「早川さん、来月から時給800円でアルバイト代を払います」
「いいえ、失業給付が出ていますから」
「別の名目で支給します」
「おまかせします」
触らぬ神にたたりなし相手のいうようにしているのが無難だ。
「このところ、早川さんの女性ファンが増えていますね」
「いいえ、女性ファンなんてとんでもないです」
「男性から苦情が出ないように、生徒はできるだけ平等に教えて下さいね」

確かに入社した1ヶ月前より中高年の受講生の数が急速に増えている。
もともと中高年の需要は潜在的にあったのかもしれない。
今までは中高年の希望者が見学に来ても、教室は講師も生徒も若い人ばかりだった。
おじさんやおばさんは気おくれをして、入会までに至らなかったようだ。
今は、私やおばちゃん先生、金部先生を見て同世代の生徒が安心して入会してくる。
もともとこの鴻巣は中高年の多い地域だ。時代が変わり始めているのだ。
この教室もこの背景を考えて、中高年の講師を採用したのだろう。
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