第17話 校長との溝が深まる

文字数 1,463文字

このパソコン教室のシステムは個別学習で教えている。
二人の講師が何人もの生徒を巡回して教えていく。
この頃はほぼ満席に近い人数が予約で埋まっていた。
夜の部でアルバイトの休みが出ると、一人で7~8人の生徒を見なければならない。
手際よく捌かないと生徒に不満が残る。
そろそろインストラクターを増やすか、運営方法の改善をしなくてはならない。

石岡校長は10時には出勤してくるようになった。
先日オーナーから注意されたのかもしれない。
1日中パソコンの前に座って、チラシの修正等をしてすごしている。

「早川さん、オーナーと話はつきましたか」
「はい、頑張ってやらせて頂くといいました」
「ぜひ、私にも協力して下さい」
「こちらこそお願いします」
「何か足りないものがあれば言ってて下さい」
「はい。実は今日の夜の部のアルバイトが休みで人が足りないんですが」
「早川さん一人ではできませんか」
「できない事はないですが、生徒に不満が出ると思います」
「どうすればいいですか」
「他の教室からインストラクターの応援を頼んでいただけませんか」
「どこもみんな余裕はないですよ」
「あの~石岡校長、できれば手伝っていただけませんか」
あ、なにかカチンときたようだ。

どうも私の悪い性格で上司となると冗談が言えない。
茶目っ気たっぷりにお世辞でも言ってから頼めば快く引き受けてくれただろう。
ここで反省してもいまさら間に合わない。後は頼むしかない。
一人で8人の生徒は教えられない。石岡校長は初心者程度のパソコンはできる。
私の日頃の言葉がいつも石岡校長のプライドを傷つけているようだ。
「早川さん、私は校長ですよ!」
「でも、私一人では生徒に不満が出ると思いますので」
「わかりました6時からですね。考えておきます」
なにか開き直った雰囲気だ。
「ありがとうございます。ほんとに助かります、よろしくお願い致します」
今日は猫の手でも借りたい。ネズミのような顔の校長でもいないよりはましだ。

5時の休憩時間になった。校長がそろそろ見えるかもしれない。
校長が教えられるような初心者の生徒を選び、テキストや練習問題を揃えておいた。
石岡校長が生徒の前で恥をかかないような内容にした。
まだパソコンのことがわからない人に教えるのだから、石岡校長でもできるだろう。
こんなときこそ仲良くしておこう。終わったら一杯飲みませんかと誘ってみよう。
お世辞を一つ二つ奮発して、ここは従順な態度でも見せておくか。

6時になった。ちょっと遅れてくるのかな。
1人の欠席もなく8人の生徒が勢ぞろいした。
石岡校長は来ない。授業が始まる。それぞれの生徒の間を目まぐるしく巡回する。
「伊藤さんは手書きの漢字練習してください」
「佐藤さんはテキストの12ページを打ち込み始めてください」
石岡校長が来ることを期待していただけに不満が高まっていく。


7時 まだ来ない。
「田中さんは、先週の復習から始めてください」
「山田さんは、インターネットで、動物のイラストを探しておいてください」
それぞれ自習学習ふうにして何とか乗り切れた。

8時 もう来ないだろう。
その日の授業は通り一遍の内容の薄い授業になってしまった。
それぞれの生徒はあまりの忙しそうな私の姿にびっくりしていた。
声をかけられるような状態ではなかった。質問も遠慮してくれたようだ。
高い受講料を払ってきた生徒たちに不満を残して帰してしまった。
このままではそのうち生徒の数が激減してしまう。

結局石岡校長は8時になっても来なかった。何の連絡もなかった。
明日は石岡校長と失業を覚悟で対決しなければならないようだ。
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