第62話 廃業の危機を迎える

文字数 2,157文字

2006年7月
暑い夏だった。開業から6年を経過した。
開校した日から6年後の今日で入会者は累計で700人になった。
順調に6年間やってこられたが、この後に廃業の危機がやってきました。
いつまでも繁栄は続けけられないものです。
うまくいっているときは何かを見落としている。

この夏は毎日のように猛暑が続き、夕方には雷が鳴った。
大きな雷音のあとには停電が多かった。


この時期はお客様が少ない。夏休みということもある。
しかしなんかいやな感じがして不安になってきた。
受講生の数が減少しはじめている。誰もいない空き時間が多くなってきた。
生徒が少なくなると新聞の折り込み広告で受講生を募集する。
折り込み広告の反応が悪い。2~3人電話があればいいほうでゼロの時もあった。

この教室のすぐ近くにあったパソコン教室も、先日学習塾の看板に変わっていた。
桶川市でのパソコン教室はほとんどが消えていった。残されたのはこの教室だけとなった。
テレビで宣伝している大手のパソコン教室の上尾校も閉鎖したようだ。
パソコン教室の時代は終わったようだ。

桶川市 人口約7万5千人
この教室から半径2km圏の40歳以上の人がこの教室の対象となる。
その中で中高年世代に絞ると2000人~3000人位だろう。
全員がパソコンに興味があるわけはない。
もうこれ以上対象となる人はいないのかもしれない。
苦しい時期が続く。空き時間には何もすることがない。
インターネット対局の麻雀をして時間をつぶす。
倒産のパターンの典型的な症状だ。
自慢にはならないが麻雀では結構上位にまでいった。
もうこの教室の周囲には生徒の対象となる人はいない。
しょうがないかな・・・・・。
どうしたらいいだろう・・・・。
考えても結論が出ない。頭の中が堂々巡り。相談する相手もいない。
まあいいかと又インターネット麻雀で時間を潰す。
1日のうち半分以上が空き時間になった。教室の前には生徒の自転車も車もない。

事務のケーコがかっこ悪いからと言って自分の自転車と車を教室の前に並べておく。
生活費もぎりぎりになってきた。銀行から生活費を出す回数が多くなっている。
心に安らぎはなくなり焦りが出てくる。ストレスの先は事務のケーコとなる。
詰らないことで口喧嘩となる。ケーコは「パートにでも出ようか」と言ってくれる。
そうしないと生活ができないかもしれない。
もう来る人がいないだろうと思うと打つ手が見つからない。

廃業したら何ができるだろう。できるものが思い当たらない。
パソコン以外には思い当たらない。明るさがなくなり冗談も少なくなってきた。
わずかなお客様にも、通り一遍のつまらない授業となっていただろう。
つまらないからお客様も増えない。悪循環の繰り返しだった。
隣の不動産の社長も気の毒そうに、お客のいない教室の様子を見ている。
家賃、駐車代、電気代、電話料金等の負担が重くのしかかってくる。

もう最後かもしれない。でも他に働くあてがない。
あ~あ。恥ずかしいことになりそうだ。
いつの間にか体重も90kgに近くなっていた。
最後の結論を出すときが来たのかもしれない。

そんな中でたった一人の友人寺田勲はいつも変わらず土曜日の7時にやってくる。
教室に入っても他の生徒がいないことが多くなってきている。
寺田は予約表を眺めて様子を見る。お客様が多いか少ないかは予約表でわかる。
寺田は開校からずっと通ってきているのでパソコン学習はもうほぼ修了している。
教室に来ても世間話や会社の話題が多くなっている。
それでも受講料はきちんと支払っている。

私が少しだけだが年上なので寺田に弱音は言いたくない。
「インターネット麻雀は面白いよ。やってみな」
「・・・・」
「いま、俺5段だよ。5万人中の7位までなったよ」
「そんなことちっとも自慢にならないよ」
「そうかな~・・・・」
「先生この頃、昔みたいな切れがないよ・・」
「そうか・・・・・」
「先生らしくないよ・・」
「うん・・・・・」
「俺だって、あの頃先生の姿をみて教えられていたんですよ」
「そうなんだ・・・」
「元気出してくださいよ」
「うん・・・・」
「そんな姿の先生見たくないですよ」
「うん・・・・・」
「もっと先生らしくして下さいよ」

近くの飲み屋に席を移し、寺田の慰めが続く。
しこたま酔ったと思う。よく覚えていないが寺田と喧嘩になった気がする。
なんかムラムラとした気持ちが不快感として残っている。
寺田はその時からしばらく教室に来なくなった。
気持ちは奈落の底のように落ち込んだ。たった一人の友人も失った。

もう誰もいない・・・・。
自分に運命を任した家族はどうする。
かっこよく会社を辞めて。
かっこよく修業をして。
かっこよく教室を開いて。
最後にかっこ悪く沈没するのか。

できない。どう考えてもパソコンを活かす以外に道はない。
また新しく出直すしかない。
まだ方法が何かあるはずだ。冷静になってこうなった状況を見直してみよう。
もうこの教室しか自分にはないんだから。ここを活かすしかない。

最後の悪あがきに似た気持ちが湧いてきた。
創業の時よりももっと激しい意欲が湧いてきた。
寺田に刺激され自分の心に火がついた。
遅いかもしれないが。まだ56歳、諦めるには早すぎる。
あの人生をかけた、断食修業の辛さを思い出だそう。

私が弱気になって諦めた時に、この教室はは終わる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み