第73話  新装開店オープンの朝

文字数 1,652文字

2007年 1月6日がやってきた。
自宅では読売新聞を取っている。朝の4時ごろ入ってくる。
オートバイの音が自宅マンションの前で止まった。
エントランスから駆け上がってくる新聞配達の足跡が聞こえる。
ドアの前で足跡が止まった。足音が去っていく。2~3分して入り口のドアを開ける。
ドアの取っ手に新聞が挟まっている。部屋に持ち帰り新聞を広げてみた。


やったあ。今日は折込広告の量がすくない。
あまり広告が多いとA4のチラシなんかスーパーのチラシの間に埋もれてしまう。
ゆっくりと1枚1枚のチラシをめくっていった。
あったあ!!上から5枚目に教室のチラシが入っていた。
白黒片面にするにも理由があった。捨てられぬように、裏がメモ用紙に使えるように考えた。
3ヶ月もかけたチラシだが、今日は他人行儀にすましている。
あれだけ毎日見ていたチラシなのに、今日はよそのチラシを見るようだ。
各家庭にこのチラシが入っている。1字1句をもう一度見直す。
他人の目でチラシを読んでみる。
あれ~~。電話の受付時間を書くのを忘れている。
しまった~。毎回抜けている事がある。完璧だった事は今まで一度もない。
あれだけ見直したのに、なぜ今気が付くんだ。あきらめるより仕方がない。

まだ外は暗い。今日は朝早く行かなければならない。
朝6時頃からの電話はないだろうが心配になってきた。今日は早めにいってみよう。

ベランダで朝日に向かって手を合わせ普段の3倍の願いをこめた。
「どうか、いっぱいお客様が入りますように・・・・・」
冷たい水でシャワーを浴びた。
“しまむら”で買ったお気に入りのGパンを選んだ。


教室にGパンをはいて行くのは初めてだ。
上にはこれも“しまむら”で買ったブルーの格子のシャツを着た。
格子のシャツは常連さんから冷やかされた時のために選んだものだ。
谷川さんは間違いなく自分のこの格好を冷やかしてくる。
2丁目の班長にも、隣の社長にも冷やかされるだろう。
その時は「講師には格子のシャツが似合います!」これでいい。

どうもなれない格好はぎこちない。
シャツをGパンの外に出すか中に入れるかで迷ってしまった。
みんな若者はシャツを外に出している。おじさん達はズボンの中へ入れている。

「ケーコ、このかっこうどう?」
「あらまあ、似合うじゃない」
「うん。まあまあだろう」
「そんな格好でスナックなんか行っちゃだめよ」
「ちがうんだよ、今日から教室で着るんだよ」
「ええ~、おかしいよ」
「今日からイメージチェンジをしたいんだよ」
「お客さんに失礼だよ」
「でも、一度やってみるよ」
「なんでも好きにしたら」

今日は教室が終わったあと寺田と飲み会をする。
ケーコはスナックでモテるための格好と勘違いしている。

「あのさあ~、シャツをズボンの中に入れるか出すかなんだけど?」
「どっちでもたいして変わらないでしょ」
「じゃあ、若者みたいに出してみるよ」
「だらしなさそうに見えるでしょ」
「うん。だってみんな若い人は出しているよ」
「いくつだと思ってんの、もうすぐ還暦でしょ」
「まだ50代だよ、教室では歳のことは言うなよな」
「何でそんなに色気を出したいの」
「今年は格好で勝負だよ」
「そのかっこうじゃあ、お客さんがいなくなっちゃうよ」
「教室の事は口出すなよ!」
「教室の事じゃないでしょ!服装でしょ」

どーもケーコは理解が足りない。今日は教室の将来がかかっている日だ。
朝から喧嘩じゃ縁起が悪い。ケーコは私の再建構想の細かい事まで知らないのだ。
ここはじっと我慢しよう。触らぬ神にたたりなし。
「今日は早めに出かけるよ」
「ご飯まだできていないよ」
「いいよ、今朝は食べないから」

あああぁ~しまった。Gパンに合う靴がない。
黒の革靴一足と茶色の革靴と白い運動靴しか持っていない。
この時間じゃ靴屋は開いていない。仕方なく茶色い革靴で我慢した。

どうも全体的にこの格好はぎこちない。
Gパンの上にシャツを出すのはだらしないようで気が引ける
歩いていても人に笑われているような気がしてならない。

教室まで歩いて30分。午前7時30分に到着した。
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