第45話 田貫さんの作戦に対策手段

文字数 2,749文字

午後4時ごろ教室の前には、黒塗りのローレルが止まってドアを開ける音がした。
中から小柄なおじさんがこっちへ向かってきた。
田貫さんは人が来ると帰っていく
「忙しそうですね、又来ます」
商売の邪魔はしませんよという思いやりを見せて、ニヤッと笑って帰っていった。
完全に田貫さんに一本取られたようだ。

今来た小柄のおじさんに体験学習の説明をして、パフレットや時間割表を渡した。
明日の3時から体験学習をすることになった。
電話での問い合わせや直接の来校で教室は少しずつ活気が出てきた。

開校後2週間が過ぎた。
新聞の折り込みチラシとポスティングで20人位集まった。
外にある看板を見て入ってくる人もいる。
『中高年世代のパソコン教室』この看板のおかげで若い人や子供は入ってこない。
40代からから70代まで入会者が殆どで、平均年齢は57歳と狙い通りだった。
興味半分でくる人が多く特に仕事で使うという人は少ない。
中高年でこれから事務員になろうとする人はあまりいない。
だから楽しくなければ長続きしない。1回1回をホストの気持ちで応対する。
時間の余裕もあるようで1週間に2~3回来る人が多い。
教室もだんだん出入りが多くなってきた。

班長さんも1日おきに来て盆踊りの案内書を進めている。
1時間に4~5行しか進まないのでまだ当分かかるだろう。
進みが遅くても特に気にしてないようだ。
教室に来るとわからない事がすぐに聞けるので、リラックスしながらやっている。

「あのねえ、ここに花火の絵でも入れたいんだけど、何かある?」
「そこにクリップアートとあるでしょう」
「どれかなあ?」
「下のほうにある子供の絵みたいなボタンです」
「ああ、これか」
「そこを押して花火と入れて検索ボタンを押してください」



ついでに「森田健作」とダジャレを入れる。
「何のこと」って感じでかわいい顔でこっちを見る。
このダジャレも受けなかった。
開校日の夜はライオンのようだった。今は借りてきた猫のようにおとなしい。
特に事務員ヨーコの前では猫なで声で話している。
班長さんは案内書を進めながら色々とご近所の話を教えてくれる。

「あそこのさあ、その通りの右側に新しい飲み屋できたろう」
「ああ、小さな電気屋の隣ですか」
「あそこ、行かないほうがいいよ」
「どうしてですか」
「あそこはヤーサンがやってるよ」
「へええ、どうしてわかるんですか」
「う~ん、なんとなくね。あそこのオヤジ目つきが悪いよ」

班長は新しい店ができると好奇心でどこへでも顔を出す。
それも酔っ払った勢いで店に入りからんでくる。この教室に来た時もそうだった。
だから飲み屋の主人に何か言われたようだ。ひっぱたかれたのかもしれない。
班長はいつも絆創膏を貼っている。酔っ払って転んだりぶつかったりで傷を作る。
「じゃあ、またあさってくるね」
「お待ちしています」

この教室では予約一覧表をテーブルの上においておく。
その一覧表にそれぞれが自分で次の予約を記入していく方式にしてある。
予約表が少しずつ埋まり始めた。いつでも好きな時に来られるように考えた方法だ。
田貫さんはこの予約表をいつも覗いて帰っていく。
午後4時からは誰も予約がない。予約表が空欄になっている。
田貫さんの出勤時間だ。教室の外で一服していると田貫さんがやってくる。
「こんちは、いいあんばいですね」
「田貫さんもお元気そうですね」

こっちも商売だ。いつまでもただではやっていられない。
何とか田貫対策でこちらも知恵を絞ってみた。
今日は“田貫対策案”で工夫した方法を試してみる。
いつものように世間話のように質問が始まった。
「ちょっとだけ、聞きたいことがあるんだけど」
「はいなんでしょうか」
「文字の大きさって、72ポイントまでしかないよね」
「いいえ、もっと大きくできますよ」
真顔で興味を示してきた。
「どのくらいまで? 必要はないんだけど、もし知っているならと思ってね?」
「外のパソコン教室って看板あるでしょう」
「あの電信柱のとこの・・・」
「そう。アレは私が作った切り文字ですよ」
「ええ、自分で作ったの?」
「そう、500ポイントあります」
「どうやってそんな大きな字ができるの?」
「色々ね。そういう便利技や裏技は一杯ありますよ」
ある程度パソコンを知っている人は、裏技と言うと聞いてみたくなる。
田貫さんは聞きたくてうずうずしている。
「だって、文字の大きさに500っていう数字なんかないですよね」
「フォントのサイズを500と数字を入れてみて下さい」
「500って、どこに入れるん?」
「いまは、10.5とあるでしょう。それを500と入れかえてみて下さい」
田貫さんは「あ」の文字で試している。
「やっぱりできないよ。500と入れても大きくならないよ」
「数字を半角にして入れるんですよ」
「半角全角ってよく本に出てるけど。あれは何のこと?」
「半角全角のボタンが上のほうにあるでしょう」
「ふ~ん、これ、普段使わないよね、これの事」
「500って入れたけど変わらないよ、やっぱりだめみたいだよ」
「半角ボタンを押してから500と入れて、ENTERを押してみて!」


わ~~~~~~~。田貫さんの驚きは異常だった。
画面にドーンと大きな文字が飛び出した。田貫さんの頭より大きな文字だった。
予想もしていなかったようだ。「あ」の文字が画面いっぱいに真っ黒になっている。
「それに書体の下のほうにある英数記号の書体は、半角にしなけりゃ変わりませんよ。」
「そうか色んな書体を押したけど、その通りにならないのが一杯あったんですよ」

タヌキのようなきょとんとした目で呆然としている。
自分では考えられない世界のようだ。
「まだ、こういうのあるんでしょうか」
あれ、言葉が少し丁寧になってきた。
面白おかしく教える事を考えて、インターネットで貯めた裏技集がまとめてある。
裏技、便利技、実用技、面白技等が1冊のファイルに収納してある。
普段使う事はないがこんな時には役立ちそうだ。

田貫さんにダメ押しの一発を出す。
「Ctrlを押しながら、「む」のキーを押しても文字が大きくなりますよ」
「む、む、む、む、む、む、ですよ」
またまたびっくり。無口になってしまった。感動しているようだ。

「こういうの、本には書いてないですよね」
「そうですね、裏技や便利技は出てないでしょうね」
「こういうものだけでも教えてもらえますか」
「勿論ですよ。田貫さん専用のテキストを作っておきます」
「ほんとうに!お願いできますか」
気持ちが悪いくらいに言葉が丁寧になった。

田貫さんは入会の書類に名前や住所を書いてくれた。
そして予約表に名前を書いて帰っていった。
やれやれ、一件落着!
それからは、誰でも知りたい所やわからない所だけを学習できるようにした。
便利技や裏技を取り入れた『ポイント学習コース』を新設した。
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