第２４話　運命の日がやってきた

日曜日の朝の９時頃だった。自宅の机の前でうとうとしていた。
一本の電話が鳴った。
「もしもし、上田です。早川さん失業したんですって」
「ええ、事情があって、先日やめたんです。首にされたんですよ」
「僕も一緒です。あんな所いつまでもいるとこじゃないですよね」
「ええ、下田さんは今なにしているんですか」
「あの～、ちょっと出てきませんか。少し話があるんですが」

全身に緊張感が走った。
パソコン教室時代の下田主任からの電話だった。
この一本の電話から現在のパソコン教室開業への苦難の道が始まった。

２００１年　４月１０日
パソコン教室時代の下田さんと近くのファミリーレストランで待ち合わせした。
下田さんは私より２５歳も年下だ。
それでも私よりパソコンの知識が豊富で特に機械に強い。
子供の頃からパソコンをいじっていたようで、大概のトラブルは直してしまう。
私の子供のような年齢だが、なぜか先輩のような気がして頭が上がらない。

「早川さん、急にやめたそうですね。どうしたんですか」
「ちょっと石岡校長とトラブルがあって」
「今、教室が大騒ぎになっていますよ」
「何があったんですか」
「教室のみんながストライキを計画しているんですよ」


私がいた教室は近隣に３教室あり、社員やパート、アルバイトで１５人いる。
下田さんや私だけでなく、今までも何人かが其々の事情で教室を首になっていた。
「アルバイトのミッチャンも、やめたんですよ」
「ええ、どうして」
「ジーパンで教えていたら、だいぶ注意されたらしいんです」
「ええ～なぜジーパンで、じゃあ今誰が教えているの」
「昼の部は金部先生とおばちゃん先生だけですね」
「じゃ、夜の部はだれもいないの」
「今は金部先生と校長が教えています」
「あの校長が？それじゃ生徒から不満が出るでしょう」
「ええ、早川先生はどうしたんですかって、生徒たちが聞いているらしいですよ」

あれから生徒が少なくなり、講習料収入が極端に少なくなっている。
あの校長では講習料収入を上げる改善工夫は期待できない。
収入の少ない分は経費の削減に向かう。経費の削減は人員の削減に短絡する。
アルバイトやパートを適当な理由をつけて辞めるように仕向けている。
倒産や廃業に向かう典型的なやり方だ。経営方法の知識不足、努力不足なのだ。

金部先生は昼の部だけの月水金を担当していた。
私が去った今、朝から晩まで頑張っているらしい。
「金部先生はもうこれ以上やれないよって、ぼやいていました」
下田さんは今でも時々パソコンの修理に教室に行っている。
金部先生に呼ばれて出向いていく。そこで様子を聞いてくる。

「それで、そのストライキって、なに」
「今度の金曜日に、みんなで一斉に休んじゃおうと計画しているんです」
「その日に予定の入っている生徒は、どうすんの」
「今度の金曜日は臨時休校になりますと、生徒には口頭で伝えているんです」

下田、早川、ミッちゃんと立て続けに辞めたので、みんな不安になっている。
近隣３教室の講師やパートやアルバイトの間で不満が広がっているようだ。
「オーナーを呼んで、待遇の改善と校長の交代の要求らしいです」
「昔の労働争議みたいだね。誰がリーダーでやってるの」
「北鴻巣教室の大槻主任です。みんなで改善要求書も作ったようです」
「やっぱり、威張っているだけの校長はだめだね。自分で気が付かないのかな」
「ええ、みんなあの石岡校長に相当不満がたまっているみたいですね」
「もし、改善の要求をしても、オーナーが何もしなかったらどうするんだろうね」
「その時は一斉に辞めちゃおうとまで考えているようです」
「それじゃあ教室も潰れちゃうし、みんなも失業しちゃうじゃないですか」
「このパソコン教室が廃業したら。この場所へ早川さんが新教室を作ればって」
「冗談がきついね。でもその手もあるね。機械設備を全部安く買いたたこうかな」
「金部さんが笑いながら言ってましたよ。早川さんがここの校長になればって」

１年前には夢にまで見ていた憧れのパソコン教室。
外からはよく見えても内実は違う。
「ところで、早川さんはこれからどうするんですか」
「いま、まだ、何していいか、わからない状態ですね」
「もし、自分にできるなら手伝いますよ」
この一言を本人から直接聞いてふっきれた。
今まで悶々としていた不安が一挙に吹っ飛んだ。
さりげない一言が、別の人間の運命を変える。

「もし、その時はお願いしていいですか」
「いつでも呼んでください、暇にしていますから」
下田さんはカレーの中からニンジンをはずして食べている。

夢が現実に一歩近づいてきた。下田さんの一言で腹が決まった。
私が一番弱いところを下田さんがやってくれる。
機械類のメンテナンスの心配が無くなった。教室開業に大きく近づいてきた。