第74話 いよいよ運命の時がきた

文字数 1,490文字

いよいよ運命の時がやってきた。9月から今日までの努力の結果が出る。
これで何も変わらなけりゃ自分の頭はボケている。
人は結果で評価する。人は結果でしか評価できない。
私のメッセージに何人の中高年が反応してくれるかどうかだ。
誰も来なけりゃあきらめよう。いや、あきらめられない。
そんな事はないはずだ。2~3人でもいいから来て欲しい。

今朝のチラシを眺めながらポツンと教室の中にいた。
チラシに載っている小さな自分の写真。優しそうに見えてくれればいいな。
今日の予定表には5~6人の予約しか入っていない。

9時には谷川さんが来る。谷川さんはこの教室をいつも心配してくれている。
谷川さんは今年確か73歳になった。趣味の将棋も4段になったといっていた。
谷川さんは私よりもだいぶ年上だが私を師匠と呼ぶ。
こんな私に敬語を使ってくれる。いつもこの教室のチラシを仲間に配ってくれる。
ボランティア活動で老人倶楽部等でも将棋を教えている。
そこへもチラシを持っていってくれる。

朝8時になると隣の不動産の社長が出勤する。
ガラス越しに、茶色いワゴンが見えた。正月なので挨拶しなければ。


「おはようございます」
「ああ、どうも」
「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそお願いしますどうだいチラシは出たのかい」
「ええ今日の朝刊に入れました。社長は今日からですか」
「いや8日からなんだけど、家にいてもやることがなくてね」
「ホントにそうですね」
「教室はいつからなの」
「ええ、今日からです」
「今日が初仕事なの? どうしたのその格好は」
「ええ、今年からラフな格好でやろうと思っているんですよ」
「へえ~、なかなか格好いいけどね」
「そうでしょうか」
「結構勇気いるね、そういう格好で仕事するのは」
「ええ、ドキドキしているんですよ。みんなに冷やかされるかなと思って」
「普通に考えればおかしいよね」
「社長もどうですか似合うと思いますよ」
「不動産屋でその格好をしたらやくざに見えちゃうよ」
「そういえばそうですね」

社長は私のスーツ姿しか見ていない。ちょっとどうかなって感じがしているようだ。
人にどう見られようが、今さら後へは引けない心境だ。
心も格好も心機一転して決心しなければいつになっても変わらない。
最初の一歩には勇気が必要なのだ。それができるかどうかで人生が決まると思う。

そのうち誰でも目が慣れる。
「ちょっとお茶でも飲まない」
「ありがとうございます」
「でも、ずいぶん痩せたねえ」
「ええ、喰うもの食っていないんです」
「よく我慢できるね」
「ええ、慣れているんですよ、ひもじい思いをするのは」
「なかなかできないよねえ」
「ええ、やる時はやらないとただの豚ですからね」
「うちの事務員が感心していたよ。この頃すごく先生が格好よくなったって」

そういえば、格子のシャツの評価がまだ出てこない。
こちらから催促してみるか。
「どうですか、このシャツなんか」
「なかなか似合うんじゃない」
「講師は格子がよく似合うって言いますからね」
「えっ?なに。あ~そうなんだ」不発に終わった。
「今年は心機一転、頑張らないと家賃が払えませんからね」
「う~ん。値下げした家賃も今月からだね」
「あっ、ホントにありがとうございます。宜しくお願いいたします」
「ああそういえばうちにも今朝チラシが入っていたねえ」
「入っていました!どうでした」
「うん、なかなかいいんじゃない」

たいして関心ないようだ。もともと社長はパソコンに関心は持ってない。
みんな事務の人がやってくれている。
そんな人の評価も必要だ。そういう人にこそ関心を持ってもらいたい。
まだ努力が足りなそうだ。
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