第21話 校長からのずるい提案

文字数 1,825文字

最後の生徒が帰ると、待ちかねたように石岡校長が近づいてきた。
「もう大丈夫ですか」
「もうちょっとで終わります」
テキストや資料を片づけ部屋の整理をした。

「校長、お待たせしました」
「今日は、あそこのレストランでも行きましょう」
「わかりました」
「車で行きますから、後からついてきて下さい」
「はい、お願いします」
教室の戸締りをして石岡校長の後を車で走る。
17号沿いにあるファミレスに向かって行った。
飲んだら代行車で帰ればいいか。とにかく話を聞いてみよう。
教室から1kmくらい離れたファミリーレストランに着いた。
料理屋のほうがいいと思うが被告の身でぜいたくは言えない。
ドアを開けると奥の片隅にある席に校長が座っている。


石岡校長はメニュー見ている。
「早川さん、これでいいですか」
校長は私にビールと焼き肉セットを頼んでくれた。
自分は焼き肉セットとウーロン茶を頼んでいる。
校長は飲まないようだ。これで決定的だ。
一緒に飲んで、わだかまりをなくそうというような雰囲気ではない。
5~6秒の沈黙の後、石岡校長から話を始めた。

それは意外な言葉から始まった。
「早川さん、なんとか私の味方になってもらえませんか」
「え、味方ですか?」
「実はあのあとオーナーと話し合ったんですが」
「昨日はすみませんでした」
「いいえ、それはいんですけど」
「あの提案は取り下げます」
「そういう話じゃないんですよ」
「あの提案の件ではないのですか」

また何か難題があるのだろうか。心の中では何があっても逆らわないと決めていた。
しばらくは今の給料を貰っていたい。大体のことは受け入れようと決めていた。
「それを含めて早川さんのことをオーナーから一任されたんですよ」
「ええ一任って、どういうことですか」
「あなたの事は責任者である私に任せるということです」
「昨日の件はそんな悪いことでしたか」
「やはりみんなの前では私の立場がありませんよ」
「そんなつもりで提案したんじゃありませんけどねぇ」
「もっと私に協力的になってもらいたいんです」
「ええ、いつでも教室のために頑張っているつもりですけど」
「どうも私を、無視しているように感じるんです」
「いいえ絶対にそんなことはありません」
「私は早川さんに下に見られているように感じるんです」
「そんなことはありません」
「あなたが味方になってくれれば、今までどおりにして頂きますが」
おおお! 脅しが入ってきた。
教室にいたかったら何でも言う事を聞けということか。

途中で料理が運ばれてきた。いったん話が中断された。
時刻は夜の9時ごろ。ファミリーレストランの片隅だった。
家にいればくつろいで楽しくビールを飲んでいる頃だ。
どうも石岡校長の前だと食欲が出ない。
焼肉セットとビールの大ジョッキが運ばれてきた。

石岡校長の話は続く。奥さんを社員にすることを諦めていなかった。
「実は、今は単身赴任で鴻巣のアパートに住んでいるんですが」
「ご家族はどちらですか」
「東京に自宅を持っています。家族は娘と3人です」
「一人娘ですか。うちと同じですね」
「教室が軌道に乗ってきたので、鴻巣にマンションでも買って移ってきたいんです」
「ああそうですか」
「それで家内にも勤めさせたいんです」
「教室にということですか」
「そうです」
「他に勤め先はないんですか」

あ、また石岡校長の表情が厳しくなってきた。
「早川さん、そこなんですよ、私が気になるのは」
「はい、余計なことを言いましてすみません」
「ここは私が管理している教室ですよ」
「でも、奥さんはパソコンができないといっていましたよね」
「だから経理をさせると言っているじゃないですか」
「あんな小さな教室で管理職1人、経理1人、講師は2人なんて無理ですよ」
「それは早川さんの考える事ではないですよ」
「今はいいですけど、生徒が少なくなればたちまち経費倒れになってしまいますよ」
「だから、今までのように早川さんに頑張ってもらいたいんじゃないですか」
「みんなで教えましょうよ。私もこの教室がないと働く所が無くなります」
「何回も言うようだけど、家内はパソコンができないんですよ」
「それじゃ経理もできないでしょう」
「この教室の経理ぐらいは誰だってできますよ」
校長はポロリと本音を出してしまった。
ばつが悪そうにしている。どうしても奥さんを教室に入れたいんだ。
「奥さんを研修生として私が教えますよ」
「家内はパソコンが嫌いだといっているんです」

校長は奥さんを名目だけの社員にして私腹を肥やそうとしている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み