第55話 鴻巣時代の生徒がやってきた

文字数 1,519文字

2003年 10月
開校から2年を過ぎた。毎日20~30人の人が通ってくれるようになった。
この教室が埼玉中央読売の紹介記事に掲載された。
それを見た鴻巣のパソコン教室時代の受講生から電話が来るようになった。
鴻巣のパソコン教室は私がやめて2年後に廃業した。
後ろめたいような これでよかったような複雑な気持ちがする。


その中の一人から電話があった。
「新聞で見たよ・・・」
「ご無沙汰しています」
「そっちへ行きたいけど、どのへん?」
「桶川駅の近くです」
「マインは知っているけど、そこからどっちへ行くんだい」
「市民ホールの所の信号を右に曲がって、500~600mくらい先の右です」
「カーナビがあるから、だいたいわかるかな。行っていいかい・・・・・」
「どうぞ、お待ちしています」

鴻巣のパソコン教室の近くに産婦人科の病院があった。
そこに当時74歳の川崎さんという院長がいた。
その川崎院長からの電話だった。
その病院の窓からは鴻巣のパソコン教室の様子が見える。

鴻巣教室時代 夜の7時頃になると、川崎院長はいつも予約なしで教室にくる。
「おお、早川さん、いたのかい」
「ああ、川崎さん、こんばんは」
「うう、次の時間空いている」
「ええ、大丈夫です」
「石岡校長はいるの」
「いいえ、もう帰りました。」
「地図の作り方を教えてもらいたいんだけど」
「いいですよ・・どんなことですか」

テキスト通りに教えないと私が石岡校長から注意される。
そのことを川崎院長は知っている。
川崎院長はわからない所だけが知りたい人なのだ。
川崎院長は2年間も朝日新聞の『天声人語』の全文を毎朝入力しているそうだ。
どんな体調の悪い日も欠かしたことがないといっていた。すごい精神力だ。
「地図はだいたいできたんだよ、ここに説明入れたいんだけどね」
「そういうのはテキストボックスがいいですよ」
「でもさ、それだと建物の一部が見えなくなるよね」
「テキストボックスを、線なし塗りつぶしなしにするといいですよ」
「ああそうか、そうすると白が消えて透明になるわけだ!」
わからない所を聞いて帰っていく。
もちろん月謝は払っている。10分でも1回分となるが納得すると帰っていく。

その川崎院長がこっちの教室に通いたいといってきた。
「あのパソコン教室の建物はどうなっています」
「あれから誰も借り手がいないようで空き家になっているよ」
「そうですか・・・」
「うわさでは、石岡と喧嘩して飛び出して行ったそうじゃないか」
「喧嘩というほどじゃないんですけどね」
「だめだよ、一言くらい僕に電話しなくっちゃ」
「すいません、色々あったもんで」
「しょうがねえよな、あの校長じゃみんな逃げちゃうよな」
「・・・ええ、まあ」
「じゃ今度の土曜日、病院が午後から休みになるから2時ごろには行くよ」
「お待ちしています」

石岡校長やオーナーもこの記事を見たに違いない。
ちょっと複雑な気持ちになってきた。
鴻巣の教室時代の生徒が何人かやってくる。今度は思い切り教えることができる。
自分で開業して思い通りに教室の運営をしている。誰にも気兼ねをすることがない。
ちょっと色っぽい奥さんが来た時に、事務のケーコの目が気になる程度だ。
なんでも思い通りにできる。相手の聞きたいところが教えられる。
すぐに必要な書類なら手伝ってあげる。自営業は自由業だ。やってよかった。

鴻巣時代の生徒から続々と電話がかかってきた。新聞の力は大きい。
花屋のおばちゃん。年配の経理事務所の経営者。イチゴ農家の旦那さん。
鉄工所の社長。そのほかにも4~5人の鴻巣教室時代の生徒から電話があった

懐かしい顔がやってくる。
でも、石岡校長やオーナーから電話があったらどう答えよう。
悪いことをしているような気持ちになってきた。
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