第8話 研修生として採用される

文字数 1,981文字

2000年4月 2週目の月曜日
机の上には1枚の求人広告がある。
朝6時に起きてその広告を見続けていた。
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  ★初心者向けパソコンインストラクター(男女問わず)
  ★Windows・ワード・エクセル・インターネットのできる方
  ★明るい性格で人当たりの良い方
  ★人と話すのが好きな方
  ※電話連絡の上、履歴書をご持参下さい。048-787-0000 担当 下田
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いくらみても年齢のことがない。応募する条件は満たしている。

明るい性格ではないが、明るく振舞うことならできる。
人当たりは特によくはないが、仕事となればよさそうにしてみせられる。
人と話すのは苦手だが、パソコンの話しならいくらでもできる。
顔も人当たりはよさそうに見えると思う。
自慢じゃないが若い頃は「池辺良」に似ているといわれていた。
今は年齢とともに目つきが鋭くなり「渡哲也」に似ていると言われている。
それはともかく問題は年齢だ。書いていないのだから電話してもおかしくない。
自分の運命を変えた1枚のチラシ。そのチラシは今でも机の奥にある。
初心に帰れる宝物だ。このチラシから新しい人生が始まった。

朝9時半 ダイヤルを回した。
「募集広告を見て電話したのですが」
「名前と年齢をお願いします」えぇ~年齢は書いてなかったよ。
「早川孝史です。年齢は50歳です」一瞬間があいた。
「午後3時にこられますか」
「はい、大丈夫です」
「では履歴書をご持参下さい」

第1関門突破した。あとはあの殺し文句を胸に秘めここ一番の時に話す。
一番いいスーツに着替えた。教室のある北鴻巣の駅前に出発する。
「殺し文句」は持っている。絶対に入り込んでみよう。

午後2時30分 目的地に到着。地図の通りパソコン教室はすぐにわかった。
午後2時55分 パソコン教室のドアを開ける。
24~25歳の下田という担当者が応対してくれた。
「よろしくお願いいたします」と履歴書を差し出した。
担当者から簡単な説明を受けたあと、4枚のテスト用紙が渡された。
ワード・エクセル・インターネット・ウィンドウズの問題だった。
「30分後提出してください」担当者は部屋を出ていった。
どきどきしながら解答を書いた。
うぁ! あんなに勉強したのに半分くらいしか思い出せない。
緊張感であせり回答が出てこない。小心者はここ一番に弱い。

30分が経過し担当者が答案を取りにきた。それを年配の方に渡して戻ってきた。
「パソコンのインストラクターをしたい動機は何ですか」
「同年代の中高年の方が安心できるのではないかと思います」
「この履歴書にある、文書処理3級はどんな資格ですか」
「職業訓練所の研修で修了時に頂いた資格です」

10分くらい面接した後、下田さんは奥にいる年配の責任者の所に呼ばれた。
横目でそのやり取りの様子がわかる。あまりよくなさそうだ。
下田さんが戻ってきた。渋い顔をしている。
「ウィンドウズが弱いですね」
「ちょっとあがっていたもんですから、しっかり勉強します」
「結果は来週の月曜日に自宅に電話します」 不採用は目に見えていた。
ここで準備していた殺し文句を使った。
「あのぉ、今失業給付を受けていますので10月まで無給でいいのですが」
「ああそうなんですか、ちょっとお待ち下さい」
下田さんは責任者の所へ行って何か小声で相談している。

2~3分後 下田さんが責任者をつれて戻ってきた。
「校長の石岡といいます」
「早川と申します、よろしくお願いいたします」
「失業給付中ですね、うちで働く場合職業安定所への報告はどうしますか」
「就職のためのパソコン学習中ということにします」
「いつからできますか」
「失業中ですからいつでも大丈夫です」
「時間はどのくらいできますか」
「朝から夜まで何時間でも結構です」


二人は戻ってまた相談を始めた。小さな教室なので中の学習風景が見える。
スタッフは責任者を入れて4人くらいだろう。教室では4~5人受講していた。
大学生風の女性のインストラクターが二人、テキストを小脇に抱えて教えている。
あれが未来の自分の姿になるのかと思いボオォーと見とれていた。
気持ちも落ち着いてきた。
この教室は全国に150店舗のチェーン展開をしているといっていた。

石岡校長が笑みを浮かべて戻ってきた。
「初めてのケースですが、研修生という形で働いてもらえますか?」
「はい、喜んで、こちらもそのほうが助かります」
「失業給付はいつまでですか?」
「今年の10月までです。あと6ヶ月あります」
「それでは研修生として様子を見させてください」
担当の下田さんもフォローしてくれた。
「このところ年配の生徒が多いから、中年の講師もいいかもしれませんね」
殺し文句は大成功だった。無事パソコン教室に入り込むことができた。
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