第47話 様々な受講生の人生模様

文字数 1,816文字

先日来たひょうきんな区長さんには笑わせられた。
黒塗りのローレルで体験学習に来た人だった。
「年賀状を作りたいんだけど」
「では、1枚作ってみましょうか」
「入力はできますか」
「お風呂の入浴ならね」
「文字が打てますか」
「モジモジしながらね」
「何枚くらい作りたいんですか」
「ご近所に20~30人くらいになるかな」
「じゃあ、筆グルメというソフトを使いますね。住所録はありますか?」
「ううん。1枚作ればいいんだよ」
「・・・・・・?年賀状でしょう」
「隣んちから順番に回覧してもらうから1枚で充分!」

“○をつけて次の人に回して下さい”と書いている。
いいアイデアだなと思ってみていた。
「ああ、いいのができた、今年はこれで充分なんだよ」
まだ話は続く。
「この間、近所の人たちと旅行に行った時なんだけどね」
「・・・・?」
「朝5時に女たちが寝ている部屋に電話したんだよ」
「・・・・・?」
「朝食の用意が出来ましたので1階食堂までお集まり下さいって」
「ほんと?」
「そしたらみんなぞろぞろ出かけていったよ。面白かったな」
「うそでしょう・・」
「ほんとだよ、俺の女房にきいてみな」
「信じられませんね」
「エヘヘヘヘ、」
冗談を実践している人が世の中にはいるんだ。
まだ私のように口で言っているくらいでは序の口だ。
「あんたいい人だね」
「・・・・?」
返事と相槌しかしていないのにほめられた。
そして入会書にさっさと名前を書いている。
まだ教室のシステムなどは説明していない。
区長さんはこの日から丸2年通ってくれた。

2001年 11月ごろ
そういえば田貫さんがこの頃見えなくなった。
かれこれ20数回来ただろうか。毎回ノートにびっしり裏技をメモしていた。
先日は野菜を持ってきてくれた。そろそろ冬眠の時期に入ったのかもしれない。

昨日来た印刷屋のご主人すごかったな。
ノートパソコンを持って学習に来る人だった。
帰り際にキーボードの上にマウスを乗せて、蓋をバタッと勢いよく閉めた。
瞬間!バリンと音がした。画面の液晶が割れて使えなくなってしまった。
これは豪快だった。
「ああ、やっちゃった。しょうがねえか」修理代が5万円かかったと言っていた。

60歳で薬品会社を定年退職した人がやってきた。この人もすごかった。
「これから大工になろうと思っているんだ」
「ええ!これからですか」
「何するにもパソコンくらい出来なくてはね」
「これから職業訓練所に行ってさ、大工の見習いから始めるよ」
「何か手に職付けておかなければね」


さらりと言っている。気負いが感じられない。まるで二十歳の青年のようだ。
60歳から大工の修業を始めるのか。すごいなあ。

86歳のおばあちゃんにはもっと感動した。
「私にもパソコンできるかしら」
「ええ、できますよ。きれいな花のイラスト入れたりインターネットを見たり」
「そういうのは興味ないのよ!」
「・・・・・・?」
「基礎からしっかりやりたいのよ!」
「・・・・・・?」
「とにかく新しいことは知っておきたいのよ」
「わかりました。基礎からやりましょう」
「この先なんの役に立つかわからないですものね」
脱帽!私なんかまだ若造に思えてくる。86歳、自分の母より年上だ。
今までの人生模様も話してくれた。このおばあちゃんには学ぶことが多かった。
みっちり1年間初めから最後まで学習して修了した。

一番泣けたのは中年のサラリーマン。1ケ月に2回来る人だ。
回数としては一番少ない人だ。
「1ケ月に2回では、前の所を忘れてしまいませんか」
「そうなんですけどね・・・・」
「週に1回くらい来れば覚えやすいですよ」
「ええ、でもねえ・・・・・」
「忙しいんですか・・・・・」
「そうでもないんですけどね」
「・・・・・・・?」
「実は1日100円貯めているんですよ」
「・・・・・。」
「1500円貯まったらここへ来ているんですよ」

ガーン! 人にはいろいろな事情がある。
1秒1秒を大切に教えなければならないと思った瞬間だ。
ダジャレや冗談なんか言っては いられない。
ダジャレでも言って、リラックスしてから学習したほうがいい人もいる。
いろんな人がやってくる。
いろんな人生がある
いろんな出来事がある。

ここでは同年代の人たちと面白おかしく過ごすことができる。
たいした事はやっていないのに感謝されお礼を言われる。
たかがパソコンで人生が変わることもある。
教えるほうも教わるほうも大切な人生の1ページなんだ。

大事な仕事をしているんだな。冗談ばっかり言っていられない。
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