第14話 校長と初めての対立!

文字数 2,632文字

うれしい~~、一杯飲ませてもらえそうだ。
サラリーマン時代はよく上司と部下で飲みにいった。
この1年はそんなことも忘れていた。石岡校長は年下だが今は私が部下の身だ。
生意気なことを言わないように気をつけよう。
ハラハラ、ドキドキで少し気持ちが上ずっていた。

夜8時。すべての授業が終わり後片付けをしていた。
「おまたせ!じゃあ、いきましょう」
「よろしくお願いいたします」
教室の戸締りをして石岡校長の後をついていく。

なんか様子が変! 期待が大幅に外れた。
歩いて2~3分の、私が時々昼飯を食べに行く小さなラーメン屋に入っていく。


まあいいか、八宝菜をつまみにして生ビールでも頂くか。
「早川さん、きょうは私のおごりです。ラーメン何杯食べてもいいですよ」
ラーメンが何杯も食べられるわけがない。・・・・ぐっと言葉を抑える。
「はい、じゃあ、チャーシュー麺、頼んでいいですか」
ビールの話は出てこない。石岡校長も味噌ラーメンを頼んでいる。
つまらないことだが、人間変なことから人の見方が変わる。
この時から石岡校長に対する信頼度が薄れた。期待が高すぎたのだ。
もしかしたら業績向上の報奨金でも貰えるかなと期待していた。
少なくても、業績向上を祝して乾杯でもしたかった。
つまらない期待をしていた事が恥ずかしくなってきた。
お金を出してもいいから、今日はビールが飲みたかった。
今日は日頃の労をねぎらうためではなかったようだ。
今は雇われの身、あまり調子に乗らないように気を付けよう。

石岡校長が予想もしなかった話を始めた。
ひなびたラーメン屋さんの片隅で、私の運命を変えるような話が始まった。
「実は、家内を社員にして教室におきたいと思っているんですが」
「あそうなんですか、教室の掃除とか書類の整理とかやって頂けるんですか」
一瞬、石岡校長がムッとしたのに気がついた。
「いや、経理を担当させてやろうと思っているんです」
この教室は1ヶ月の月謝は1万円ポッキリ。半端がない。人数分の万札だけだ。
教材やサプライ品などは、申請すればフランチャイズ本部から送られてくる。
日々の煩わしいお金の出入りは殆どない。
毎日夕方になると石岡校長が手提げ金庫を開けて万札を数えて持って帰る。
どう見ても経理を専属で置くほどの教室ではない。

「あとは、どうするんですか」
「あとはどうするかって、何ですか」
なんか様子が厳しくなってきた。
「奥さんに少し生徒を見ていただくとか」
「家内はパソコンできないよ」
「1日教室にいるんですか」
「ほかに行くとこありますか」
あぁ、いやな雰囲気になってしまった。

校長の奥さんに1日中見はられていたらやりづらいな。
私が勝手に冗談やダジャレを言って教えている事が報告されてしまう。
もう頭の中がパニック状態。言葉が続かない。
「特にあなたに相談する必要はなかったのですが」
「ええ、校長の一存で採用、不採用はできると思いますが」
「それでもいいんですが、本部へ報告は講師の採用という事にしたいんですよ」
「でも奥さんはパソコンできないんですよね」
「だからこうしてあなたと相談しているんです」
「私にどうしろと」
「新しく講師が入ったと思ってくれればいいんです」
「でも雑用もさせないし、パソコンも教えないんですよね」
「何回も言うように、妻はパソコンができないんですよ」

何か裏がある。このところ講習料売り上げが好調で以前の倍近くなっている。
フランチャイズであるこのパソコン教室は、ロイヤリティが粗利益の20%だ。
当然講師の人件費が増えれば本部に送る金額が少なくなる。そこが狙いだ。
本部に送金する額を少なくしたい魂胆だ。奥さんを社員にすれば校長の収入になる。
詐欺同然の事を企てているようだ。このまま了解すると私も同罪になりそうだ。
迂闊に了解はできない。そうかといって反対するとこっちの首が飛びかねない。

さらにもっと驚く話を始めた。
「あと、もう一つお願いがあります」
「なんでしょうか」
「オーナーが関東近県に10教室ほど、新しい教室を出すといっています」
「え、桶川にも出すんですか」あ、口がすべってしまった。1~2分間があいた。
「中高年対象の教室を新設し、講師も中高年にしようと考えているんです」
「ああそうなんですか。狙いはいいと思いますが」
「インストラクターを募集して、この教室で訓練させたいと思っているんです」
「それはいいと思います。このところ中高年の生徒が増えていますから」
「来月オーナーがこの教室に来て、あなたを交えて話し合いたいと言ってるんです」
「私にですか。どんな話でしょうか」
「あなたにその新人インストラクターを指導してもらいたいんです」
「新規に10教室で、講師が各教室2人とすると、新人講師が20人ですか」
「そうです、あなたの了解が得られれば、さっそく企画を開始するそうです」
「そんな、新米の私には無理ですよ。荷が重すぎます」
「今の通り教えればいいんですよ。とにかく3人で話し合いをします」

校長は業績が伸びているこの教室をモデルにして、ひと儲けしようと企んでいる。
石岡校長は、私が冗談を言いながら教えている事を知らない。
校長がいる時はあまり冗談を言わないようにしている。生徒もその事を知っている。
そんな方法を新人講師に教えられる訳がない。私の教え方はテキストにならない。
石岡校長は、面白おかしく教えなければ生徒は増えない事に気づいていない。

口調が事務的になってきた。
「いいですね、話は分かりますよね」
「いつごろからでしょうか」
「来月から準備に入って、9月頃にはオープンしたいと考えているそうです」
「それで、自分のほうの条件はどういうふうになりますか?」
「条件って?」
「待遇のほうはどうなるんですか」
「早川さん、あなたは金の亡者ですか」
「ええ、どういうことですか」
「私が、オーナーと掛け合ってあなたを正社員にしたんですよ」
「あ、ありがとうございます」
「普通だったら、ただの時給800円の雑用係ですよ」

その雑用係に新人インストラクターの教育をすべてを任せる計画でいる。
さらにそのドサクサに紛れ、奥さんも講師として採用し、給料を払う魂胆だ。
そのうえ本部に支払うロイヤルティも相当減額することができる。
いっきょに校長の収入が増える。頭がいい。才覚がある。ずるい。欲が深い。

最悪の雰囲気になってきた。店も閉店時間が近づいている。
自分のラーメンも石岡校長のラーメンも冷えてのびきっている。
カウンターの奥で、店主のオヤジがあくびを噛み殺している。
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