第65話 家賃の値下げの交渉

文字数 2,631文字



さて家賃値下げの交渉だ。
まず大家さんに第1ステップの交渉を開始する。
「何とかお客を増やして、少なくもあと5年くらいは続けてみたいんですよ」
「先生ならできるよ、うちもお客さんに声をかけてみるよ」
「ありがとうございます。お願いします」
「チラシのようなものがあったら何枚か持ってきておいて」
「はい。すいません気を使わせちゃって」
「困ったときはお互い様だよ」
「ええと、すぐという事ではないんですけど」
「な、なにか・・・・・・」
「もし、家賃の値下げをお願いしたら検討して頂けますか」
「ううん、そうだね、その時は考えて見ますよ」
すぐに今からというのは避けなければならない。期日はボカシておくのがいい。

ここで大切なのは「値下げ」という言葉を聞いてもらうだけで終わりにする。
これ以上畳み掛けると断りの言葉が出てくる。そうすると一巻の終わりだ。
「じゃあ、その時はお願いします」
「わかりました。じゃあ頑張ってください」
もうこれで値下げ交渉は成立したのも同じだ。
「わかりました」と返事をした事は相手の記憶に残る。

現在、駐車場3台を含めて家賃は月に10万円支払っている。
それを1ヶ月2万円程度安くしてもらう目標だ。
これで年間24万の経費が削減できる。
電気・ガス・水道・電話・インターネット接続代等で月々2万円以上かかっている。
これらの変動経費が相殺できる金額だ。
大家さんだってここを出られてしまうと不利益になる。
テナントを新しく募集するにも経費がかかる。

来週は第2ステップを実行しよう。
その間に生徒を集める工夫もしておこう。
アイデアをいっぱい出してそれを一つ一つ形にしていく。

大家さんとのの2回目の交渉は1週間後の10月の日曜日だった。
不動産屋さんは日曜日も営業している。
自分も日曜日は教室に来ている。不動屋さんのお客さんは頻繁に来ない。
パソコン教室も生徒が少なくて暇がある。互いに時間はいっぱいある。

大家さんが事務所から出てきた。自分も何食わぬ顔をして外に出る
「いい天気ですね」
「がんばっているようだね、ようすどう?」
「今新しいチラシ作っているんですよ」
「いいのができそう」
「あ、そうだ、ちょっと見てもらえますか」
「じゃお茶でも入れるよ、中に入って」
「今チラシ持ってきます」
チラシにも工夫がしてある。大家さんにさっき作った原稿を見せる。

「ああ、なかなかいいじゃない」
「今度の目玉は先着20名様 講習料金 月15,000円を12,000円!」
「そうだよね、たまには値下げするのもいんじゃない」
「これで、今まで迷っていた人が来ると思うんです」
「そうだろうね。いいと思うよ」
「通常の3割引になるんですよ」
「ああ、そのくらいいいんじゃない」
「収入は減りますけど、人がいないよりいいと思うんです」
「そうだね、いつチラシ出すの?」
「12月にチラシを入れれば、来年の1月の受講生が確保できると思うんです」
「そうね。生徒がいっぱい集まるといいね」
大家さんも収入源は失いたくない。

そろそろ2段階目の具体的な交渉に入っていく。
”キリがいい”という事も大きく交渉に関係する。
「社長、来年の1月からでいいんですけど」
「何のこと・・・」
「先日の家賃の事なんですけど」
先週、考えてみるといった以上聞いていないとは言えない。
「うん、うん、うん・・・」
いつも軽快な社長の会話の歯切れが悪い。
「来年1月から、値下げの件をお願いしたいと思っているんですけど」
「うん、うん、うん。来年からね」
「検討しておいていただけますか」
「うん、検討してみるけどどのくらい考えているの」
この言葉でもう値下げは成立した。

あとは金額だ。ここにもポイントがある。
欲張って相手が予想した以上の金額を言うとそこで交渉決裂になる。
自分が下げたい金額のちょっと高めに言う。
もしもの時のためにインターネットで調べておいた。情報力も大事な要素だ。
大家さんの事務所を挟んで一軒向こうは空き部屋だった。この大家さんの貸店舗だ。
この部屋と同じ環境だ。「賃貸料80,000円」で借主募集が出ていた。
情報は武器になる。これを言わなくても大家さんは不動産の専門家だ。
近隣の土地や家屋、アパート等の情報はみんな知っているはずだ

「どのくらいが希望なの」
「2万4000円くらい下げてもらえると助かるんですけど」
「うう~ん、できないよ。それちょっと厳しいね」
「いや、今すぐでなくてもいいんです。希望の金額です。検討だけはして下さい」
「う~ん。期待通りにはいかないけど、じゃあ、来週までに考えておくね」
半端な金額にしておく。相手にも4000円を切り捨てさせる決定権を残しておく。
さらに私はパソコンの講師。近隣の貸店舗の賃貸料はネットで検索できる。
不動産の社長も、私が近隣の賃貸料情報を調べている事くらいは想像がつくだろう。

最後の第3ステップに入る。
「3段締めは」どんな交渉ごとにも有効だ。
次の週もやはり日曜日だった。
不動産屋の社長がガラスの引き戸を開けて声をかけてきた。
「どう、お茶でも飲まない」
「はい、今行きます」
いよいよ最後の段階だ。ここで今までの交渉を完結させる。
「寒くなってきたね」
「もうすぐ11月ですね」
「1年位すぐに経っちゃうね」
「ホント早いですね」
「どう、教室の再建計画うまく行っている」
「ええ、具体策はできてきたんですけどね、その通り行くかどうかですね」
「先生は頑張りやだから、うまく行くと思うよ」
「来週は名古屋のほうに行って、繁盛している教室を見学してきます」
「へえ、そんな遠くまで」
「ええ、インターネットで見たパソコン教室のオーナーに電話してみたんですよ」
「へええ、勇気あるね」
「生活できるかどうかの瀬戸際ですからね」
再建のために日々頑張っている姿も見せるのも有効になる。
自分も少しなら困っている人を助けしたいと思うのは人情だ。

「ああ、そうそう、この間の家賃の件だけどね」
「ああ、すいません無理を言って」
「キリのいいとこで、月2万円値下げという事にしてくれない。それ以上は無理」
「ありがとうございます。助かります。これでまた継続できます」
「じゃあ、来月1月からね」
これでだめなら隣の空き部屋の賃貸料金の情報を見せようと準備していた。
それは決裂を覚悟の最後の手段となり、契約を解除する事になりかねない。

これで家賃の件は目標通り決着した。
これからはもっと難しい再建策になる。
これで再建できなければ大家さんに見下される。
信用を無くして、追い出されるかもしれない。

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