第75話 新しい教室のスタート

文字数 2,068文字

しばらく不動産屋の社長と雑談していた。
朝8時頃だった。隣の教室で電話が鳴っている。
「あ、すいません電話がなってますんで、この辺で」
「じゃあ、がんばってね」
「どうもご馳走さんでした」隣の部屋へ駆けつけた。

「はい、お待たせしました。パソコン教室です」
「あたしです!」
「なんだ、おまえか。びっくりさせんなよ」
「今日は何時に教室に行けばいいの」
電話がいっぱい鳴った時の事を心配しているようだ。
たまにはいい所あるんだなあ。
「いつもどおり9時少し前に来ればいいよ」
「だって午前中は谷川さん一人だけでしょ」
うわあ~。午前中は休みたいって事なんだなあ。
人間ちょっとした言葉から相手の気持ちがわかってしまう。

今日はまだお正月の6日目だ。ご近所さんはまだまだお正月気分だ。
自営業にはお正月はない。かわいそうだがしょうがない。
「電話がいっぱいきたらどうするんだよ」
「やっぱりだめ?」
「そうだよ、ふだん通りだよ」
「じゃあ、あたし何着ていけばいい」
「何でもいいだろう」
「自分はジーパンで格好いいけど、私はただのおばちゃんじゃない」
「ここは俺の教室だよ。自分の好きにさせてよ」
「わかった、適当なもの着て行くよ」
「早く電話きって。もうそろそろ電話がなる頃だよ」
ああ、いつもケーコには現実に戻される。

8時50分
1本の電話が鳴った。今度は間違いないだろう。
「谷川です。ちょっと遅れますので10時からでいいですか」
「ああ谷川さん。予約表を見てみます」
「師匠、見なくても大丈夫です。暇なのは知っていますので」
「そうですか。参りました。では10時にお待ちしています」
「今日、チラシ入っていましたよ」
「ああ、谷川さんちにも入りましたか」
「ええ、感動して涙が出ましたよ」
「ありがとうございます」
「間違いないですよ、いっぱい電話がなりますよ」
「ありがとうございます」
「それでは、10時に伺います」

5分前にはケーコがやってきた。
「あれ、谷川さんは」
「10時に変更になったよ」
「じゃあもっと遅くてよかったじゃない」
「電話が鳴ったらどうすんの」
「誰もいないんだから、一人で大丈夫じゃないの」
「じゃあ、給料下げてもいいんかい」

リリリリ~~ン・・・・・。
ちょうど9時のチャイムと同時に電話が鳴った。事務のケーコが出た。
今度は本物の入会希望者らしい。


「はいそうです・・・」
「・・・ええ、体験もできます」
「・・・はい、今日からでもできます」
「・・・あの、場所わかりますか」
「・・・筆記用具ですか、何もいらないです」
「・・・はい、駐車場は教室の前にあります」
「・・・すいません、お名前をお願いできますか」
間違いなさそうだ。急いで応募者一覧表の記入シートをケーコに渡した。
ああ、よかった。一人でも入ってくれればこの教室を続ける気持ちが強くなる。

「どう、今の人は入りそう?」
「うん、大丈夫みたい」
「この場所はわかりそう?」
「うん、近所だと言っていたから」
「いくつくらいの人」
「おばあちゃんていう感じ」

また電話がかかってきた。
「今度のチラシ、良かったみたいね」
「早く出てみて!」
二人目の電話がかかってきている。
今まで何度かチラシを出したが、その日に電話がかかってくることは少なかった。
今度のチラシは反応がよさそうだ。

電話の応対の仕方は机の上に貼っておいた。
<1>教室の場所はわかりますか。
<2>○時と○時とが空いていますが、どちらにしますか
<3>無料体験どうですか。いつ頃にしますか。
<4>お名前とお電話番号お願いします。それでは〇時お待ちしています。
   ケーコは顔に似合わず優しい感じの若い声をしている。結構安心させる声だ。

私は電話の応対が下手だ。次から次へとまくし立てる。
「あの~、ば・・」と相手が言ったとたんに何が聞きたいかわっかってしまう。
「はい場所は一二三食堂の2件隣です」
「あの~、は」
「はい、初めてでも大丈夫です」
「あの~、にゅう・・・」
「はい、今回入会金は無料です」
「あの~、たい・・・」
「体験学習ですね」

この早合点による失敗も多い。
「あの~、予約・・・」
「ああ、予約の方法ですねですね。電話でもいいんですが教室に来て・・・」
「先生ちょっと、私今日の予約時間を変更したいだけなんですけど」
ああ、いつもの木村さんだったのか。

何人かの生徒の方から言われた事があった。
「先生、早口で何がなんだか聞き取れないよ」
「そんなに早口ですか」
「普通の人の2倍速って感じかな」
「ああそうですか」
「あとね、先生の電話の声は怖いって言う感じするよ」
私の声はダミ声で低い。それからはあんまり電話に出ないようにしている。
授業でも声の高さを上げゆっくり話すようにしている。

また電話がかかってきたようだ。応募者一覧表に4人目の名前が書かれた。
「今回は、調子いいみたいね」
「結構今度のチラシ、力が入ったからな」
「あの“壊してもいいから”って言うのが効いたのかしら」
「まだ、よくわかんないけど取りこぼしのないようにしろよ」

まだ10時になっていない。応募者一覧表の名前が5人を超えている。

ああ、これで教室が継続できそうだ。
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