第69話 娘にお金を借りる親

文字数 1,796文字

下田さんはNTTの関連会社に就職してから、見違えるように元気になった。
今度は私の方が慰められる番が来たようだ。
「早川さん、これからどうするんですか」
「ええ、何とか立て直そうと思っているんです」
「生徒が年配の方だったら、学習と考えないで趣味や娯楽としたらどうなんでしょうね」
「自分も、そう思っているんです」
「じゃあ、年配の方の好きそうなものを持ってきますよ」
「どんなもんがあるんですか」
「昔、父が生きていた頃に貯めていたものがあるんです」

下田さんが貯めたものは昭和の歌謡曲。フォークソング。ギターの演奏曲。
昭和の映画等色々あった。大人の喜ぶような卓球のゲームもあった。
「足りなければ、ネットから落としてあげますよ」
下田さんはパソコン操作だけでなく、インターネットの裏技を知り尽くしている。
欲しい物があればその場でインターネットからダウンロードしてくれる。
この下田さんにまた助けられる事になりそうだ。
学習用に欲しかったプログラムもネットから落としてくれた。
それから趣味用としても昭和の歌謡曲やフォークソング等を落としてくれた。
その数は下田さんのコレクションと合わせ7000曲以上になった。
映画も「男はつらいよ」「拝啓おふくろ様」私が考えられるものがみな入手できた。
これが教室再建の大きな力となった。
やはり一人で考えていてはだめだった。
下田さんにまた元気と未来をもらうこととなった。
やっぱり下田さんには頭が上がらない。
人間気持ちが明るくなると考え方も明るくなってくる。

パッと頭にひらめいた。資金の不足はまた娘のヨーコから借りちゃおう。
機嫌のよさそうな夕食のときだった。状況は1回目借りたときと同じだ。
人間2度目からは何でも慣れる。
「ヨーコお金貯まった」
「うん。それなりにね」
「お父さんが増やしてあげようか」
「・・・・」
今経営が苦しい事は話してないが少しは察しているようだった。
夕食のおかずや日々の生活の様子で気づいているかもしれない。
以前借りたお金はまだ返していない。
あれから5年たっている。
「おとうさん、前に貸したお金はいつ返すの」
「あれね、1月5万円の家賃の40ケ月分だよね」
「うっそ」
「去年の12月でちょうど40ヶ月だよね。もう清算済んだよな」
「信じられない」
「お前のおかげで、家族3人よく生活できたよね。ありがとう」
「ええ、返してくれないの」
「お父さんのものはみんなお前のものになるんだよ」
「それで今度は何」
「また、新しい教室を作ろうと思っているんだよ」

もう覚悟はできているようだ。話は早いほうがいい。
「今の教室はどうすんの」
「同じ教室の中にもう一つ別の教室を作ろうと思っているんだ」
「うーん、言っている事がよくわかんない」
「家賃の前払いお願いできるでしょうか」
「うんいいけど、今度は返してね」
「お嫁に行くときまとめて返すよ」
「お嫁になんかいかないよ、相手がいないもん」
「今度も100万円でいいんだけど」
「今度は絶対に返してよ」
「うん3割くらいの利子でいい」
「うん・・・」
「ボーナスいっぱい出るんだろう」
「そんなに期待できないよ」
「12月10日ごろまでに頼むね」
深刻ぶって話すより、明るく話したほうがいい。

ヨーコは小銭には厳しいが大金には疎い所がある。
うまく子供を育てたなあと感じた時だった。
こんな親がいるだろうか、情けない。心の中では謝っていた。
お母さんは事情を知っているので特に口出しはしなかった。
この家族を一生幸せにするんだと布団の中で涙を拭いた。

これで資金の調達はできた。気持ちが明るくなってきた。

11月下旬
来年にすべてを託したチラシの原稿が完成した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの時、娘からお金を借りられなければ、パソコン教室は廃業していた。
今あるのも娘からのあの時の借金だった。
私には親の威厳は必要ない。
困れば正直に家族に相談する。
信頼は威厳よりもはるかに強い力を持っている

娘からの借金200万円は精算が済みました。
   娘には結婚式の時に200万円
   マンション購入時に300万円
   娘への遺産はおそらく数千万円になります。
私の私生活は質素です。私の厚生年金や妻の国民年金は使っていません。
パソコン教室の収入だけで暮らしています。
年金は娘の為に残したいと思います。
娘はあの件で親のあつい信頼を受け、将来の豊かさを手に入れました。
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