第25話 パソコン教室開業構想

文字数 2,725文字

具体的な構想が始まった。思いついたことをパソコンに書き込んでいく。
小さな教室の設立計画でも、具体的に進めるとなると課題が山積している。

狙いや目標や特長や運営方法。学習内容や宣伝広告。場所や店舗。
箇条書きで思いつくことを書き進んだ。A4用紙に80ページも及んだ。
店舗や家賃、パソコン8台と周辺機器。机や椅子テーブルなどの什器。
宣伝広告費。細かくは文房具までお金がかかることがいっぱいある。
あ!大事なことを忘れている。この熱血オヤジの弱い所はお金にうとい事だ。
退職金は住宅ローン残金の返済で使ってしまった。
銀行にはあと4~5ヶ月分の生活費しかない。
しかし裸一貫になった自分に怖いものはない。
すべてゼロからの出発は最初からの覚悟の上だ。
ざっと見積もっても設立時300万はかかりそうだ。

さあ、身内と親戚から攻め始めるぞ。
まず両親は無理。もう高齢で財産がないのは自分がよく知っている。
ちょっと小金をためていそうな話のわかる姉ちゃんから始めよう。

最初の電話は結構度胸がいる。
「ねえちゃん、パソコン教室開業するんだけど、200万貸してくれない?」
「なに、パソコン教室って・・・・・・・・」
なんか、断りの言葉を考えている雰囲気がする。
「たまには、こっちへ帰ってきなよ・・・・・・」
断りの言葉をさがすための時間稼ぎのようだ。
「あ、そうだ、今ね」なにか思いついたようだ。
「今度卓也が大学に入ったんだよ、入学金やら何やらでお金がかかるんだよ」
「姉ちゃん内職でだいぶ小金を貯めているようだからさ」
「それとね、今、家を建て直しているんだよ」
「わかった。じゃあほかをあたってみるよ」
「あんまり、つまんないこと考えてるんじゃないよ。あとさ・・・」
立て続けになにか言われそうになってきた。
「わかった、じゃ今度夏休みにでも遊びに行くよ」
やっぱり血のつながっている姉でもお金となるとだめか。

兄貴に電話するのはやめた。昔からなんとなく苦手だ。すぐに文句を言われそう。
弟は音信不通で連絡しようもない。北海道の自衛隊に入った後、連絡がないそうだ。

次は会社時代の飲み友達、小金を持っていそうな農家の息子ヒロシがいい。
いつも困ったときには相談しろよと言われていた。
「あのさあ、今度パソコン教室を開業するんだけどさあ」
「その話こないだ、島ちゃんから聞いたよ。まだそんなバカげたこと考えているん」
「もう決まったんだよ。ちょっと金が足りないんだけど貸してくれない」
「馬鹿いってんじゃねえよ。おめえみたいないい加減な奴にできるわけなかんべ」
「本気だよ、もうインストラクターだって経験したんだよ」

一緒に飲んでいた頃は馬鹿ばっかりやっていたから何言っても信じてもらえない。
「どう考えたって、パソコン教室なんてできるわけねえよ、おめえが」
「いや、手伝う人もいるんだよ、詳しい人が」
「すぐにつぶれるのが、おちだよ」
「じゃあ、いいよ、ケチンボ」
「うるせい、バカヤロ、お前とはもう飲まないからな!」
やっぱり金となると友達でもだめか。また一人友達を失った。

あれ、もっと身近にお金を持っている人がいる。
餌食となったのは一人娘のヨーコだ。娘への殺し文句は決定的なものがある。
「お父さんの貯めたお金は、全部ヨーコのものになるんだよ」
これで攻略しよう。

ヨーコは東京の会社に勤めてから約2年。残業が多いらしく遊んでいる暇がない。
たまに給与明細をみるが残業代込みで結構貰っている。
最初からの約束で生活費として月に5万円貰っている。
夕飯の時、世間話のように話を切り出した。
この頃、勤務先の東京の近くにでもアパートを借りたいと言っている。
残業が多くて遅くなると桶川まで帰るは大変だと言っていた。
「どう、仕事のほうは忙しい?」
「今すぐにじゃないんだけど、浦和あたりにアパートを借りたいんだけど」
「ふ~ん、そんなに忙しいんだ。アパートに住めば5万円じゃすまないよ」
「それは知ってるよ、残業代で何とかなると思うよ」
「家賃と生活費で15万以上はかかるよ、家にいれば10万円もお得だよ」
「こんなに家にお金を入れている友達はいないよ」
「あ、そお、おまえは偉いなあ。他の人とは比べ者にならないいい娘だな」
不満そうだったが、いつも給料日には5万円を入金してくれた。

機嫌のよさそうな夕飯の時を狙って切り出した。
「ヨーコ、どう、会社忙しい」
「うん。まあまあ」
「お金、だいぶ貯まったろう」
「忙しくて使う暇ないよ」
「でも、給料安いからあんまり貯まらないだろう」
「そうでもないよ、残業が多いから」
いよいよ本題に運んでいく。
「50万くらい貯まった?」
「もうちょっとあるよ!」
「100万はないだろう?」
「数えていないからわかんない」
「200万くらいかな?」
「うん、そのくらいあるみたい」
「そんなに持っていて、何に使うの」
「特に・・・」
「お金は使わないと役に立たないよ」
「・・・?」
「いいよな、お前は一人娘だから」
「・・・?」
「お父さんのお金は最後に全部ヨーコのものになるんだからな」
ここで例の「殺し文句」を挿入した。
私が何を言いたいかわからないようでキョトンとしている。

「あのさあ、お金をお父さんに預けておかない?」
「いいよ、べつに」
「教室を開業するのにちょっと足りないんだよ」
「わかった。いくらなの」
「100万でいいよ。5月末ごろまでに銀行からおろしておいてくれる」
「いいよ100万ね」
「そのかわり5万円の家賃は今月からなしにするよ」
「ほんと?」
「家賃取らないからまた貯まるよ」
日頃の私の様子を見て、すでに察していたのかもしれない。
翌日には私の銀行口座に100万円が入金されていた。
ヨーコは小銭にはシビアだが大金にはうとい所がある。
前から準備しておいたもっともらしい借用書にサインし印鑑を押して安心させた。

さらに5月の末に思いがけないお金が入った。
銀行から定期預金の満期完了のお知らせが来た。


金額は150万。いつ積んだのか思い出せない。銀行が間違う筈がない。
ずっと前、経理の人から天引きで財形貯蓄を勧められた。
今年で10年目の満期になっていた。10年前の事なんて誰だって忘れてしまう。
嘘のような話だが本当だ。ちょうど不足していた金額だ。
ものすごく得した気がして興奮した。喜んで妻に話すと馬鹿にされた。
「天からお金が降ってきたよ、こういう事ってあるんだなあ」
「積んだ貯金を忘れる人のほうが珍しいよ。大丈夫?教室やって行けるの」
ああ、でも助かった。私は運がいい。あとは預金通帳に100万円くらいはある。
これで資金繰りはできた。そういえば今まであまりお金に苦労したことがない。
なにかあるとどうにかなる。何か見えない力が働いているなと思う時がある。

さあ、次は場所探しだ。
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