第22話 石岡校長との決裂の日

文字数 1,908文字

石岡校長は今の好調な状況がずっと続くと思っている。
当然のように受講生は増えたり減ったりしていく。
損益分岐点を相当低くしておかないとすぐに倒産してしまう。
奥さんの給料を考えると、現在の20%以上収入を上げなければならない。
一人社員を増やせばその分収入を上げなければならない。
収入を上げるには受講生を増やさなければならない。
受講生が増えれば講師を増やさなければならない。奥さんはパソコンができない。
私の頑張りだけでは限界がある。石岡校長の経営能力に疑問を感じた。

「失礼ですけど、この教室の前はどんなお仕事でした」
「東京の出版社ですが、それが何か」
「どんな内容のお仕事だったんですか」
「何か関係あるんですか」
「何人くらいのグループでやっていたんですか」
「出版社というのは一人でやる仕事が主ですよ」
「この教室はどういう経緯で立ち上げたんですか」
「出版社の社長に(オーナー)私が提案したんですよ」
「フランチャイズでしたよね」
「それが何か関係があるんですか」
「いいえ、ちょっと参考にと思って」
「早川さん。私に何か不満でもあるんですか」
「そんなことはありません。これからもよろしくお願いします」
「早川さん。少しは気持ちよく協力してもらえませんか」
「はい。私なりにできるだけ頑張ります」
「できればすべて私の指示に従ってもらえませんか」
「はい。校長も講師の話も聞いて頂けると助かるんですが」
「早川さん。その辺がちょっと気になるんですよ」
「講師も人間ですから、いくら頑張ってもできる事とできない事があります」
「そんな言葉は雇われ講師のいう言葉じゃないでしょう!」

このパソコン教室のフランチャイズは本部の指示で運営している。
講師が何人かいれば教室が運営できるシステムだ。
校長の役割は、講師、パート、アルバイト達が円滑に仕事ができる為の管理能力だ。
石岡校長は下で働くものの対応に慣れていない。権限と威厳で自己満足している。
パソコンの知識もないし経営的な知識にも疎いようだ。

「早川さんねえ、家族ぐるみの付き合いで仲良くやっていきましょうよ」
「そんなに気を使って頂かなくても教室のほうは頑張りますよ」
「それじゃ、家内のほうは入れていいですね」
「何もしない奥さんが入れば私が辞めます」
「家内には経理をさせると言っているでしょ」
「1日に4~5枚の万札を数えるくらいなら5秒もかからないでしょう」
「売上帳に記入したり、領収書を書いたり色々あるでしょう」
「いくらも時間がかからないでしょう。今までは校長がやっていましたよね」
「早川さん。私は私でやること結構があるんですよ」
「それじゃ、夫婦で机を並べて講師の監視ですか?やりづらいですよ」
「早川さん。言っていいことと悪い事がありますよ。失礼でしょう」
「気になったら謝ります。できれば忙しい時には手伝ってもらうと助かるんですが」
「家内はパソコンができないと何回も言っているじゃないですか」
「どうしても奥さんを入れたいなら、私が身を引きます」

ここへ来てから30分位経った。二人ともまだ食事に手をつけていない。
ビールの泡は消えてただの黄色い液体になっている。
石岡校長は私を正社員にしたことでもう私が辞めないと安心している。
この教室がなければ生活ができなくなるとと思い込んでいる。
「わかりました。それでいいんですね」
「はい、辞めさせていただきます」
とうとう最後の言葉を言ってしまった。

校長の目が引きつってきた。声が上ずってきた。
鼻の頭から汗が出ている。メガネが白く曇り始めている。
「オーナーに石岡校長の下では仕事はできないと伝えて下さい」
「あなただけが講師ではないんですよ」
「はい、覚悟しています」
「あなた程度の講師、代わりはいくらでもいます」
「そうでしょうね」
「今週、講師の募集を出しますから」
「いい人が入るといいですね」
「早川さんは次の人が入るまで責任もってお願いします」
「わかりました」
「このあとオーナーに会って相談します」
「一任されているんじゃないですか?」
「ただの報告ですよ」
「あなた程度の講師の代わりはいくらでもいます」

ああ、以前下田さんに言った言葉とおんなじだ。
下田さんはこの言葉で次の日から教室に来なくなった。
石岡校長の殺し文句だ。
どうして石岡校長と話をするとこういう風になってしまうんだろう。
なんだか天敵みたいだ。

過去にはこういうタイプは一人もいなかった。
これも人生修行の一つかもしれない。
二人とも食事に手をつけないままファミリーレストランを出た。

まだ教室開業の構想はできていない。
決裂が早すぎたような気もする。でも教室開業の意思は強くなってきた。
これですべてが終わった。あっけない最後だった。






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