第3話 訓練についていけないよ

文字数 1,324文字

2000年1月5日からパソコンの技能訓練が開始された。
技能訓練についていけないおじさんが2人いる。
2~3日が経過しても全然パソコンの授業についていけない。
なぜこんなに覚えが悪いんだろうと、自分の能力のなさに嫌気がさしてきた。
会社の仕事は卒なくこなしてきたのに、なぜパソコンがわからないのだろう。
50歳という年齢の能力の衰えもあるとは思うが、それにしても情けない。
まだ探しながら文字を打っている。同じボタンの中に文字や記号が複数ある。
どこを押せばどの文字が出るのか押してみなければわからない。
隣の東北オヤジはもっとわからないらしく、もうあきらめの境地に入っている。


「ねえ、父という漢字が変換できないんだけど教えてくれる」
入力しているキーボードを見ていると「つつ(TUTU)」と入れている。
「“ちち”いれてみれば!」と面倒くさそうに教える。
「“つつ”といれているよ!」の押し問答。東北では父のことを「つつ」と発音する。
だからその通りに入れても「筒」としかでない。
周りから「静かにしてよ!」と怒られる始末。
この二人だけが授業についていけない中年オヤジだ。
周りは嘲笑の目で見始めた。このままで挫折してしまう。
何とか授業に追いついていかなければならない。

復習をしたいが家にパソコンはない。30万円もするパソコンは簡単には買えない。
考えているうちにパソコンがなくても出来ることを思いついた。
1つはテキストを何回も読んで暗記してしまうことだ。
2つめは紙のキーボードを作り文字の位置を覚えること。
失業中なので時間は余るほどある。その日から毎日テキストを隅々まで暗記した。
紙のキーボードを何回も繰り返し練習した。1日に8~10時間は練習した。
他にやることがないから執念のように練習した。
これが1ヵ月後に周りから色々と聞かれる存在にまでなってきた。
後にパソコン教室開業のきっかけともなった。
パソコン技能訓練は朝10時に始まり午後4時に終了する。
最初の1週間は無我夢中で、何がなんだかわからない別世界のような毎日だった。

「それではオフイスをインストールします」
「CDをデスクドライブに入れてください」
「そのあと、フロッピーデスクをパソコンに入れてください」
若い女性講師の口から次々と軽快な英語がでてくる。
その度に隣の東北オヤジと顔を見合わせる。
私は前の席の20代の娘さんのやっていることをそっくり真似をする。
東北オヤジはその私の作業を見ながらその真似をする。

1回だけ手を上げて質問をしたことがあった。回りからの冷たい視線を受けた。
それから質問をするのはやめた。
東北オヤジは私がわからなければ何もしないで涼しい顔で待っている。
それでも家で毎日のようにテキストを暗記したのは無駄ではなかった。
だんだん操作の流れはわかるようになってきた。

いよいよパソコンを買うべきときが来たようだ。
失業中の出費は痛いが、将来がかかっていると自分に言い聞かせて買う決心をした。
授業で使っているパソコンの機種を詳しくメモに控えた。
講座は4時に終了する。その帰りにパソコンショップに寄って同じ機種を探した。
富士通のFMVデスクトップ。29万円もする。

まあ、しょうがないか。待望のパソコンを購入した。

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