第42話 問合せの電話が鳴り始める

文字数 1,324文字

2001年9月17日(月)午前8:30

一人の年配の男の方が、入り口で窓ガラスに張ったオープンチラシを見ている。
そして行ったり来たりしている。1枚のガラスの入口なのになかなか中へ入れない。
私が受講案内書を1枚持って近づいた。言葉をかけられるのを待っていたようだ。


「案内書をどうぞ」
「いつからでもいいんですか」
「ええいつでもどうぞ」
「ぜんぜんパソコンをやったことはないのですが」
「そのほうが教えやすいですよ」
「いくらくらいかかるんですか」
「基礎だけなら10回くらいです。1回1500円です」
「あとはかからないんですか」
「テキストも無料です」
「入会金は?」
「今、オープンキャンペーン中で無料です」

奥では事務のケーコが心配そうにチラチラこっちを伺っている。
年配の男性との交渉が続く。
「そのほか何かかかりますか」
「いいえ、何もいりません」
「筆記用具なんかは」
「特にいりません」
「自分にもできそうですか」
「大丈夫ですよ。一度無料体験してみませんか」
「ええ、そうですね」

「今日の午後ならいつでもできますよ」
「午後ですか・・・・・」
「1時か、3時なら空いています。どうですか」
「3時だったら来られるかも」
「それじゃ、3時にお待ちしています。面白いですよ」
「じゃ3時にまた来ます」
「お待ちしています」
決心したようだ。足取りも軽く帰っていった。
何かいい雰囲気だ。期待できそう。

二者択一はよさそうだ。ほんとは何時でも空いている。
ここまで来るにも勇気のいることだろう。その勇気をちょっとあと押ししてあげる。
これで気持ちがすっきりする。

教室の中では電話が鳴っている。事務のケーコが電話に出ている。
「はい、入会金は無料です」
「・・・・・・・」
「体験学習も無料です」
「・・・・・・・」
「そうです、テキスト代もいりません」
「・・・・・・・」
「午後4時ですね、大丈夫です。空いています」
「・・・・・・・」
「場所はわかりますか・・・・。はい、それではお待ちしています」
こっちも成功したようだ。
入会者は少なくてもいい。欲に執着しなければ生活だけはできる。

道路では信号待ちの車から教室を見ている人がいる。
2階の英語教室が朝10時から始まる。そのお客さんもこっちをチラチラ見ていく。
隣の不動産にくる出入りの業者もこっちを覗いていく。
その隣の歯医者さんに来るお客さんもこっちを見ながら歯医者さんに入っていく。
みんな新しい生徒の候補生だ。いい場所が借りられた。

午後1時からは白髪の班長さんが来る。ほんとに来るかどうか心配だ。
午前の予約はまだ入っていない。電話はケーコに任せ、近所にチラシを配りに行く。
ポスティングというらしいが、これもけっこう厳しいものがある。
まず犬に吠えられる。普段は吠えない犬がチラシを持っているだけで吠えてくる。
10軒に1軒は「チラシお断り」のはり紙がある。
これも小心者の私には気がひけて入れられない。
それでも1時間で200枚くらいは入れてきた。

午後1時からは白髪の班長さんが来る。
新しい教室、新しいパソコン、新しいテキスト。その成果が試せるときが近づく。
教室に帰ると午前中3件の問い合わせがあったと事務のケーコから報告があった。

あと1時間後には白髪の班長さんがやってくる
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