第13話 講師出世双六のように

文字数 2,216文字

2000年10月に失業給付の支給が終了した。
この教室がチェーン店150教室で全国1位の売上を記録した。
ちょうど私の失業給付が切れる月だった。

無料の雑用係の研修生から、時給800円のパート社員に昇格した。
10月のパート収入は46,000円頂いた。失業後の久しぶりの給与だった。
石岡校長は毎月のように時給を上げてくれた。担当するコマ数も増えた。
11月に1200円に昇給し 月の収入152,000円
12月に1500円に昇給し 月の収入184,000円
さらに、2001年1月には、給与25万円の正社員として採用された。
石岡校長は「主任インストラクター」の名刺を持ってきた。
石岡校長は私の独立開業の野心が揺らぐような条件をそろえている。
「これからもその調子で頑張ってください」
まるで「サラリーマン出世すごろく」のようだ。

どうも私の出世にはどうも裏があるようだ。
主任インストラクターの下田さんの出番が少なくなっている。
私がこの教室に来た当時より、売り上げが2倍になってきている。
それにつれて私の仕事がどんどん増えていく。
教材の選定や募集チラシの企画、生徒の学習進行状況の仕事等が増えていく。
室内ポップの作成やサプライ品の手配や購入等も追加される。

全てパソコン教室開業のノウハウになる。仕事が増えるほど嬉しかった。
こういう細かな事はパソコン教室を運営していないとわからぬ事ばかりだ。
庭の掃除やトイレの掃除、花の水やりなどの雑用も以前のままだった。
石岡校長は仕事が増えても嬉しい顔をしている私を不思議がっている。
石岡校長にパソコン教室開業の計画を感づかれぬように気を付けなければならない。

一方、下田主任は石岡校長とトラブルがあり教室に来なくなってしまった。
前から石岡校長と下田主任は性格が合わないようでギスギスしていた。
私が主任インストラクターになったのも、下田主任への当てつけだったのだろう。
どんな指示もニコニコして従う私のほうを選んだのだ。
サラリーマンの世界は厳しい。下田さんはそれから来なくなった。
校長は待遇をよくすれば私がずっとここにいるだろうと安心している。
この教室の将来にとっては上田主任のほうがずっと貴重だ。
人は表面だけで判断しがちだ。人の心の中までは気が付かない。

2001年 2月
この教室は全国に150以上の教室を持つ大手のパソコン教室だ。
業績が急に上がっているこの教室を、オーナーが視察に来る事が決定した。

パソコン教室に入社後6ヶ月で正社員となった。
主任インストラクターの肩書きも貰った。異例のスピード出世である。
このパソコン教室は近隣に3教室ある。パートの講師まで含めて18人いる。
正社員は各教室に1人で、あとは主婦や学生のパートで構成されている。
出世はしたものの、朝の掃除から夜の戸締りまで雑用係の仕事は変わらない。
煩わしい仕事が悲鳴を上げるほど増えていく。

新規入会者の応対、入会書類の作成、プリント用紙やインクの補充もある。
見学者用のお茶や茶菓子の準備。これほど仕事があるのかと思えるほど増えていく。
心の中では教室開業のノウハウがどんどん増えていくと思って喜んでいる。
反対に石岡校長の仕事がみるみる減っていった。
サラリーマン時代だったら文句のひとつも言うところだ。
ポジティブな私は「ウァ~、ラッキー」と考える。
着々と教室経営のノウハウが身についてくる。
アルバイトや、若い講師のレベルアップの指導も任された。

プライドの高いおばちゃん先生は、私の出世を妬んだのか、殆ど私と口を聞かない。
私は雑用係で採用された。おばちゃん先生は講師として採用された。
おばちゃん先生は、今でも私を格下の雑用係の成り上がり位にしか思っていない。
私がテキストも持たずに、冗談を言いながら教えている事を快く思っていない。
おばちゃん先生は、苦手なエクセルをやっている生徒には寄って行かない。
今でも「おじさん、エクセルお願いします」と言って他の生徒の所へ行ってしまう。
だから私がまた忙しくなる。忙しそうに走り回っている私を鼻で笑っている。
誰でも取れる資格の「MOUS初級」を持っている事でプライドを保っている。
おばちゃん先生は私が「MOUS上級」「EXCEL上級」を持っている事を知らない。
知ったらプライドを傷つけられて、辞めてしまうかもしれない。
そうするとまた私が忙しくなる。それは絶対に避けたい。

どんなに忙しくなっても「断食道場」で養った不屈の精神が頭を持ち上げる
サラリーマン時代もこのくらい本気でやっていたならもっと出世しただろう。
気が付くのが遅かった。仕事は気持ち次第で能率も上がれば成果も上がる。
いくら仕事が増えても、目的があればやる気が出る。
校長は私が従順になったと勘違いしている。
人の心の中は見えない。私の野望に気が付いていない。
教室の経営情報や運営のノウハウが着々と増えていく。

近頃、石岡校長は私に殆ど任せっぱなし。顔を出すのは午前中1回と午後1回だ。
手提げ金庫の中を調べにくるのが日課になっている。
教室は盛況で、売上も全国トップレベルを維持している。
昼休みに石岡校長に呼ばれた。
「早川さんよくやってくれて助かります」
「いいえ、いつもお気遣いありがとうございます」
「今日の夜あいていますか」
「はい、特に予定はありません」
「じゃあ、終わる頃また来ます」

うわ~、日頃の労をねぎらって頂けるようだ。
特別ボーナスでも出るのかなと期待に胸を膨らませた。

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