第67話 教室再建策の徹夜が続く

文字数 2,025文字

私の部屋だけが明るい。襖のふちから明かりが漏れる。
隣の部屋ではケーコと一人娘のヨーコが寝ている。
夜中にケーコがトイレに起きる。
時間は夜中の3時をちょっと過ぎている。
「まだ起きているの・・・」
「もうすぐ寝るよ・・・」
「電気消してよ・・・」
「あとちょっとやってから・・・」
「明日も教室だよ・・」
「わかっているよ・・・」
「いい加減で寝たほうがいいよ・・・」
「うん・・・・」
いったん明かりを消して寝たふりをする。さっきの所は今日中にまとめておきたい。
ケーコが寝付いたころまた起きだしてパソコンに向かう。
200ページの文書を30ページまで削除してまとめた。
あとは項目別に整理していく。

人は結果しか見ない。人は結果しか見る事はできない。
借りてきたままのカッコのいい文章でも様になる。
しかし、そのまま使いたくない。自分の手で魅力ある言葉を作りたい。
句読点一つ、助詞一つの使い方で文章の方向が変わる。
この熱い思いを文章の中に忍び込ませてみたい。
時間割表にも枠をあけておかなければならない。料金表の枠も取っておく。
残った白地のスペースは半分以下になってくる。
ここに自分の将来を賭ける。

たった何行かの自分の言葉を探すためにこの作業が延々と続く。
人を惹きつける為の殺し文句を探し続ける。
パソコンなんて習わなくても生活に支障はない。それを覆す言葉を考えたい。

もともと廃業の運命は当然の結末だった。私の努力が足りなかった。
やさしそうな先生だ。よく知っている先生だな。丁寧に教えてくれる先生だな。
分かり易い教え方だな。これだけでは足りないことに気付く。ここまでは当たり前。
学習が進めばいつかは修了する。大体わかるようになれば辞めていく。
修了のない教え方を探したい。何かがきっとあるはずだ。
世間では、お花やお茶の教室。陶芸や手芸教室。終了のない教室もある。
楽しい、早く行きたい、待ちどうしい。趣味にしてもいいな。となるようにしたい。
パソコンで人生が変わった。こうした気持ちになれる教室になりたい。

変わっている人だなあ! 楽しそうだ人だな! かっこいい人だなあ!
お茶目で話易いな! 気さくな先生だな! こんな先生になってみたい。
学習そのものよりも人間性で魅力ある事が必要だ。
真面目はだめだ。取っ付きづらい。どこか間の抜けている所がなくてはいけない。
もともと隙だらけの人間だがこれは役に立ちそうだ。
忘れっぽい人間だからこれはもっと役に立つ。

「先生これはどうやるんですか」
「さっき教えましたよ、よく思い出して下さい」これでは明日から来なくなる。

「急にキャンセルしてすいませんでした」
「次回からはもっと早めに連絡下さい」これでは来週から来なくなる。

「先生、これはどうするんですか」
「さっき教えましたよね。もう少し自分で考えれば力がつきますよ」
これでは一生来なくなってしまう。

教えた事を忘れるくらいでちょうどいい。
「あああ、ここ抜かしちゃたね」みんなこれで安心する。

急なキャンセルなんて当たり前。
「誰でもそうですよ、気にしないで下さい。変更しておきましょう」これで救われる。
予約をしてあることさえ忘れて来ない人もいる。
そんな時は名前を消しゴムで消してしまう。もともとなかった事にしてしまう。

あるとき傑作なことがあった。
予約表の10:00~11:00の欄に名前の代わりに時間を書いた人がいる
自分の名前を書く欄に”10:00”と書いた人がいる。
その日の10:00に田中さんが来た。知らんふりをしていた。
田中さんは、10:00を消しゴムで消し”田中”と書き直していた。
ちょっと私の顔を見て「いいお天気ですね」と言っただけだった。
その予定表は生徒の間で有名になっていた。
「10:00さんて誰かしら?あら田中さんだったのね」

そういえば昔の上司も忘れっぽかったなあ。
会議魔!メモ魔!の上司だった。
週に3回は会議があった。ほんとに会議が多かった。
会議の多くて仕事が進まない。するとなぜ仕事が進まないかを会議する。
その予定表が机の上においてある。メモもぎっしり書いてある。
上司がいない時その予定表を見る。私のことが赤鉛筆で書いてある。
その会議予定の中に「早川に注意する」と書いてある。
何を注意されるのか思い当たらない。その会議予定を消しゴムで消しちゃった。
予定の会議の時間になっても集合がかからない。
「10時から会議じゃなかったですか」
「ええそうだっけ、そんな予定ないよ」
予定表を見ても書いていない。書いた事自体を忘れている。
そんな事が何回もあったなあ。そうだよ、みんなそんなもんなんだ。

チラシの構想は続く。


瞑想する。瞑想は居眠りに変わってしまう。
夢の中でも瞑想する。夢の中でも居眠りをしてしまう。
どれが現実でどれが夢なのかわからなくなった時もあった。
チラシはたった数行で「面白そう、行ってみようかな」
という気持ちにさせる言葉を探すのだ。

預金も底を突いてきた。
チラシを発注する締め切り日も近付いてきている。

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