第48話 苦手な子供がやってきた

文字数 1,938文字

2001年 11月中旬
開校から2ヶ月。約40人が入会した。
チラシで来る人。通りがかりで入ってくる人。入会した方の家族や友人その知人。

『中高年のためのパソコン教室』このキャッチフレーズが効いたようだ。
当時桶川には8軒のパソコン教室があった。
看板に中高年と謳っているところは1件もなかった。
初めてパソコンをする人や年配の方にとって、この看板で安心できるようだ。
入会した人たちは40歳から86歳までその看板どおりだった。

お母さんと一緒に入会した小学校5年生のワタル君は例外だった。
子供を教えるのは苦手だがワタル君の場合はお母さんがついてくる。
保護者同伴の学習だからまあいいかという感じだった。
この時から入会している子供は、親から頼まれた場合だけは例外とした。
中高年のパソコン教室を”中高生のパソコン教室”と思って入ってくる高校生もいた。
高校生ならうるさく無いから受け入れる。中学生はその様子を見て判断した。

ワタル君の場合でも大人のテキストを使った。
読めない字があれば、「手書き」機能を使って文字を入力する。
ワタル君には「手書き文字」の入力の方法を先に教えた。
(斡旋)(開催)(出張)とかゲーム感覚で手書き文字を入れていく。
ワードの機能の一つで読めない字があればマウスで文字が書ける。
IMEパッドといい、画面の下のほうにある鉛筆立ての形をしたアイコンだ。
これを使えば99パーセント読めない字がなくなる。


「先生、手書きってさあ、漢字だけじゃないよ」
「へえ~・・・何が出来たの」
「三角や菱形の形やパーセント“%”だって出てくるよ」
「どお、面白い?・・・・」
「うん、一回知っちゃうとそうでもないけど」
「わかんない字が出てきたらそれを使ってやるんだよ」

ワタル君は時々鼻糞をほじくりながらやる癖がある。
キーボードが汚れたらいやなのでティッシュを持っていく。
「鼻糞ほじったら、ティッシュで手を拭くんだよ」
「鼻糞なんかほじっていないよ」
「うん、ここに置いておくからね」
「鼻の中がちょっと痒かっただけだよ」
ワタル君は来るたびに背が伸びている。
最初はお母さんと来たが、そのうち一人でやって来るようになった。

「今日はここから始めてね」
「先生そこはこの間やったよ」
「あ、ゴメン、じゃここからか」
「そこもやったよ」
子供は覚えが早く記憶力もいい。大人の3倍は早く進んでいく。
「同じ文章が出てきたら、コピーを使ってやるんだよ」
「それ、何回も聞いているよ」
「直後だったら、F4を使うと便利だよ」
「なにそれ」
「“ひし”と入れて◆の記号が出たら、F4を押した数だけ◆が出るよ」
「あ、それか。それもこの前教えてもらったよ」
「説明する前に早く言えよ」

教えた自分のほうがそれを忘れている。それを勝ち誇ったようについてくる。
だから子供は教えづらいんだよ。子供は一度言ったことはよく覚えている。
ある時ちょっと面白いことを思いついた。
ワタル君である実験をしてみた。こういうとき子供は便利だ。
子供は単純で素直な所もある。

小学生が(現在MOS)に合格をしたという話はあまり聞かない。
MOUS試験はあの鴻巣教室のおばちゃん先生が、唯一プライドを保てた資格だ。
基礎学習が修了したあとで、テスト用問題集を使って教えてみた。
わからない文字は「手書き」を使う。意味がわからない所は簡単な説明をする。
理解できなくても何回も繰り返す。正解するまでやってみる。
MOUS初級は20問、45分、1000点満点の試験だ。
その模擬試験の1問1問を同じ所を何十回も練習させたのだ。
以前自分のやった練習方法だった。
「ここを飽きるまでやるんだよ」
「もうここ5回もやったよ」
「それでも繰り返してやるんだよ」
「何回やってもおんなじだよ」
「頭のマラソンだと思ってやるんだよ」
「わかったよ。こんなん1回やればわかるのに」
半年後、大宮の試験会場で試験を受けた。ワタル君はMOUS試験に合格した。

「先生、おれ1000点で合格したよ。満点だよ」
「へえすごいな、何分ぐらいで出来た」
「20分もかかんなかったよ」
「ワタルくんは天才だな」
「俺って天才かなぁ」
「・・・よくやったな」
「へへへ、ちょろいもんだよ」

小学5年生でこの試験に合格したのは、おそらくいないかも知れない。
試験を主催している担当者に電話で聞いてみた。
「MOUS初級を小学生で合格したのは、全国でどのくらいいるんでしょうか」
「公表はしていませんが、自分の記憶ではあまり例がないと思います」
おそらく何人もいないだろう。
繰り返し繰り返しやることによって、意味がわからなくても回答出来るようになる。
さらに正解、不正解を繰り返すとなんとなく意味までわかってくる。

今度はMOUSで最高齢の合格者を出そうという好奇心が芽生えてきた。
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