第15話 入社後最悪の日となる

文字数 2,041文字

私は9月頃この教室をやめ、3ヶ月くらいの準備期間をおいて開業を考えていた。
来年の1月には桶川市に「パソコン教室開業」の予定で考えていた。
このままだと先にオープンされてしまう。

ラーメン屋の片隅で石岡校長は事務的に話を続けた。
「これはオーナーの決定事項です。よく検討しておいて下さい」
「はいわかりました」
「この件は、丸秘にしておいて下さい」
「わかっています」
「明日あなたの解答を聞かせて下さい」
このラーメン屋の一件から石岡校長との関係が悪くなってきた。

関東に新しく10教室の新規オープンの件はこの私がキーマンになっている。
もし断ればどうなるんだろう? 話が進んでしまっては後には引けなくなる。
この教室の現状は、講師2人で8台のパソコン。月の講習料収入は大体計算できる。
今やっているこの教室がモデルになる。この教室の今の月商は約200万円。
校長と正社員の私、それとパートの社員が2人、夜の学生アルバイトが2人。
今は十分にこの教室は潤っている。本部にロイヤリティを支払っても余裕がある。
ただ校長の奥さんが経理で入るとなると、経営が苦しくなるのは目に見えている。
それで関東近辺に、同じような教室を10校増やして利益を増やそうとする計画だ。
明日には石岡校長に回答を出さなければならない。

翌日、パソコン教室へ9時についた。
いつものように駐車場から掃除を始める。
1時間前に来てすべての掃除と準備を終わらせる。
この日課は今でもずっと変わっていない。

9時30分 駐車場に石岡校長の車が入ってきた。
普段は11時ごろに口に楊枝を咥えながら教室に入ってくる。
今日の出勤は異例の早さだ。まずい、まだ回答を考えていない。
「昨日は失礼しました」
「どうですか、考えてくれましたか」
「ええ、まだまとまっていませんが」
「ちょっと、お話できませんか」
「今、掃除中なんですが」
「早川さん、私は校長ですよ」
「はいそうですが」
「ちょっと奥に来ていただけませんか」
奥に行くほど広いところではない。
「夜ではだめですか」
「家内のことだけでも聞いておきたいんですが」
「奥さんが1日いるとやりづらいんです」
「だめってことですか」
「掃除とかテキストの準備とか手伝っていただけるといいんですが」
「家内には経理だけをやらせようと思っています」

9時50分 今日の担当の金部先生が入ってきた。
受講生が集まり始めいったん話は中断した。
10時からの授業が始まった。今日はなんだかのりがわるい。
パソコン2台が故障してしまった。最悪の日だ。
下田主任がいた頃はすぐにその場で直していた。今の私には直す力がない。
今日は石岡校長がデスクに座って新聞を呼んでいる。
「パソコンが2台故障をしているんですが」
「下田君を呼んで下さい」
石岡校長は私が下田さんと仲がいいのを知っている。

石岡校長がいない時は時々教室に遊びに来ている。
ちょっとした故障はそのとき直してくれる。下田さんはみんな無料でやってくれる。
自分で作ったパソコンだからお金なんか考えていないようだ。
石岡の姿が見えるとさくさくと帰ってしまう。
石岡校長は故障の修理は下田さんが直していることは知っている。
「下田さんの修理料金はどうしたらいいんですか」
「下田君には修理にかかった時間を聞いて、1時間1000円で支払って下さい」
こんな安い料金で故障が直せるわけがない。校長が別世界の人間に見えてきた。
「それと早川さん、できるだけテキストに沿って教えて下さいね」

午前11時ごろにはどこか外へ出かけていった。
机の上の「健康ランド割引券」がいつもの所にない。


昼休みに教室のオーナーから電話があった。
「石岡君いますか」
「いいえ今、席をはずしておりますが」
「どこへ行っているかわかりますか」
オーナーとはまだ面識がない。
「申し訳ありませんが、ちょっと聞いていませんでした」
「帰ってきたら、電話するように伝えてください」

3時半ごろ 石岡校長が帰ってきた。なんかきつい顔をしている
「早川さん、あなた私がどこへ行っているか分からないとオーナーに言ったでしょ」
「はい、ほんとに知らなかったもんですから」
「なにか他にいいようがありませんか」
まさか健康ランドに行っているなんて言えないよ。
「出かけるときは、行く先をいって頂けるとありがたいんですが」
「早川さん、私は校長ですよ」
「はい。わかっていますが」
「なぜあなたにいちいち行き先を言わなければならないんですか」
「はい、すいませんでした」
「今日、授業終了後残ってもらえますか」
「はい、わかりました」

授業中の金部先生も4~5人の生徒もおかしな雰囲気にみんなこっちを向いた。
その日私は頭が真っ白になっていた。もしかしたらということが頭をよぎった。
金部先生が私の気持ちを察して二人分の生徒をフォローしてくれていた。
今日は授業終了の夜8時から石岡校長との話し合いがある。

授業が終わる8時になるのが怖い。ここ一番という時に小心者の性格が出る。
今日でこのパソコン教室を失業することになるかもしれない 。
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