第40話 いよいよ教室オープンの日

文字数 1,752文字

2001年 9月16日(日)
いよいよ今日がオープンの日だ。
朝4時に起床した。今朝の朝刊に折り込みチラシが入る。
自宅マンションの窓辺で明るくなり始めた空を見る。
天気は良さそうだ。条件はみんな揃った。


昨日、教室の窓にオープンチラシをベタベタ貼りつけた。
入会用書類、受講案内書も50枚分揃えた。
友人から開店祝いの花も届いている。
友達が少ないのでその数は少ない。
会社の友人、寺田勲から大きな胡蝶蘭一鉢。
会社の先輩からポインセチア、白と赤 各一鉢。
あとは自分で適当に花を買って体裁を整えた。

朝9時前に寺田勲が応援に来てくれた。
「どう様子は?」
「今朝チラシが入ったから、もうすぐ電話が鳴ると思うんだけど」
「先生ちょっと口くさいよ」
「ほんと、歯をもう一度磨いてくる」
「あと鼻くそ見えているよ」
鏡を見たら、ほんとに付いていた。
「鼻毛も切ったほうがいいよ、白いのが目立つよ」
「いちいちうるさいな」
鏡の前で小さな鼻くそと白い鼻毛を取った。
あとは人さし指で中へ押し込んだ。

電話の受け付けはAM9:00~PM9:00としてある。
もうすぐ9時になる。緊張が高まる。
寺田はパソコンでインターネットを見ている。
妻のケーコも落ち着きがない。
ケーコには朝自宅を出る前に大事な約束をした。
教室へ入ったら夫婦ということを意識しないこと。
講師と事務員の立場で話すこと。来てくれる方に気を使わせないようにしたいのだ。

教室にはチャイムの鳴る時計を用意した。
始まりと終わりにチャイムを鳴らす。1コマ1コマを区切りよく進めるためだ。
9時のチャイムが鳴り始めた。緊張感が最高潮に達した。教室開業の合図がなった。
自分にとっては歴史的なスタートだ。天寿を全うするまで思い出に残る記念日だ。

寺田はインターネットでなんやらあやしい番組を見始めた。
「やめろよ、人が来るよ」
「平気だよ、すぐにきやしないよ」
電話は5分たってもならない。電話機は故障していない。
時々電話のほうを見るが反応がない。

9:50分 1コマ目の終了のチャイムが鳴り響く。
パソコンに向かっている寺田の後姿だけがやけに目立つ。
あ、まだ寺田から入会金と受講料をもらっていない。
「あのさあ、ちょっとここに名前を書いて、入会金と受講料を払ってよ」
「え、俺からお金取るの?」
「そうだよ。受講番号No1だよ。倍払う価値だってあるよ」

あそうだ、寺田は今日からお客様だ。言葉づかいに気をつけよう。
「寺田様、入会金と受講料10回分で1万5千円になります」
「え、入会金くらいまけてよ。」
「はい、今日はオープンの日ですから特別に入会金は無料とさせていただきます」
「その言い方、気持ちわりーいよ」
「それでは、授業料1ケ月で8回分の1万円頂きます」
友人からお金を頂くのはなんとなく気が引けるが、生活のためだやむを得ない。
このお金が記念すべき初めての受講料収入となった。

そうだ、妻のケーコからも取ろう。
「入会金はいいから、受講料だけ払ってくれる」
「あたしは事務兼、雑用兼、研修生という事じゃなかった」
いいかこっちは。妻から金を取ったってまた生活費として渡すんだから。

12時。電話は1本もならない.
セブンイレブンで3人分の弁当を買ってきて食べた。
寺田はお昼を食べて帰って行った。
それから、3時間たっても電話はならなかった。
あ、寺田から昼の弁当代を貰うのを忘れた。

2時頃 下田先輩が来てくれた。
「様子はどうですか」
「一人も来ないんですよ」
「初日から電話はかかってきませんよ」
「朝9時には入口に人が並ぶと思っていたんですが」
「チラシをまいてから2~3日後に、チラチラ来ればいいほうですよ」
下田先輩は鴻巣教室のオープニングスタッフだった。
この辺の事情はよく知っている。それを聞いてちょっと安心した。
現実とはこんなもんかな。夢が破れた気持ちになってきた。

夜9時までいてみたが1本の電話もなかった。
8台のパソコンが並んでいる。入会書類もテキストもすべて揃っている。
友達ではあるが今日一人の受講生が入会した。

桶川に新しいパソコン教室が誕生した。今日から新しい人生が始まった。
生徒は一人も来ない。電話もならない。道行く人が看板を見ても反応がない。

ああ・・・・、今までの努力がすべて無駄になるかもしれない。
底のない不安感に襲われた・・・・・・。
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