第13話 「ふるさとを守る男」
文字数 2,604文字
ちなみに俺は、音も無く走っていた。
クッカに教えて貰った浮上の魔法というもので、正確に言えば地上に足を着かず、空中を滑るように移動している。
地面に足をつけていないから、当然、音も立てていないのだ。
それはそうと、果たして遭遇する相手は?
大型肉食獣の熊をあっさり倒すなんて一体、何者だろうか?
クッカが、『敵』の居る場所が近い事を教えてくれる。
『まもなく、アンノウンへ接触します』
俺は既に『気配消去』のスキルを発動している。
余程の相手じゃなければ気取られる事はないが、慎重を期すに越した事はない。
俺と幻影のクッカは、木陰からそっと相手を眺めた。
目指す相手は……そこに居た。
あれ?
外見は一応人間だ。
リーダーらしき奴は、「パッ」と見た限りでは、年齢30代半ばくらいの男である。
もしかしたら、もっと若いかもしれないが、髭ぼうぼうのけむくじゃらで少々老けて見えた。
そして奴に付き従う、同じような逞しいふたりの男……
こちらは、もう少し若くて20代半ばだろうか?
都合3人の男達が、倒した熊を前に勝利の凱歌をあげていた。
俺が見て驚いたのは、奴等の体格だ。
矢鱈「でっけぇ」のだ!
全員、身長は2mくらいある。
更に凄いのが、鍛え抜かれた身体である。
腕と足は、ふしくれだった丸太のようで、全身が筋肉ムッキムキなのだ。
服装にも驚いた。
というか、呆れた。
上半身は、見事に丸裸。
下半身は、腰ミノのみを着用している。
おいおい!
お前らは、原始人か!
と、突っ込みたくなる男達は、熊を倒した自分達の力に酔っているようだ。
「おっほう! 俺の拳は凄い! やはり熊など一撃だぁ! 俺は強い! 俺は美しい! 見よ、この素晴らしい肉体を!」
「さすが、魔王軍ナンバー4のライカン様! あんな、のろまな熊など我々狼族の敵ではありません」
「その通り! 我々は無敵です」
魔王軍?
ナンバー4?
何じゃ、そりゃ!
どうして魔王軍の幹部がこんな
という事は、こいつらって、やっぱ魔物だ。
何らかの方法で、人間に擬態しているってわけか。
俺の訝し気な視線の先で、男達は何やら身体を動かしていた。
そう、月明かりが照らす中、独特なポージングをしていたのである。
改めて俺が良く見ると、腕を少し内側へ曲げ、ゆったりと構えている。
リーダーである、ライカンと呼ばれた男の声が聞こえて来る。
「むむむ、やはりこれでは勝利のポーズとしては大人し過ぎるっ!」
ライカンは少し身体を横に振るが、満足しないようである。
「今度は、こうか?」
次に、ライカンは両腕を上げた。
やはり、肘を少し曲げて独特なポーズをとる。
逆三角形の体型が見事であり、腹筋がぴくぴく波打っていた。
「ははははは! 決まった! 綺麗だ! 何という神々しさだ!」
ライカンは、うっとりしている。
目が、すっごく遠い。
どうやら、自分の世界に入ってしまっているようだ。
配下の男達も、同じようにポーズを変える。
やはり陶酔状態に入っている。
こっちにまで、熱気が伝わって来そうな入れ込みぶりだ。
俺は……唖然としてしまう。
何だ、あれ?
俺には、全く理解出来ない世界だ。
思わず、クッカに尋ねる。
『何やってるの、こいつら?』
『多分……自分の肉体に酔っているのでしょう』
クッカは、男達に視線が行かないように俯いていた。
どうやら、絶対に見たくないらしい。
『肉体に酔う? ええっと、もしかしてナルシスト? もしくはもっと危ない人?』
俺が聞くと、クッカは「あくまで私見ですが」と断わった上で言う。
『ある意味では、拘り過ぎる危ない奴らだと言えますが、ある意味では美しさの象徴とも言えます』
ある意味ねぇ……美しい肉体か……
見る人の考え次第では、見解が違うって事だね。
でも、さっきの索敵では「敵」って出たんだものな。
何と言っても、魔王軍なんだから。
俺は、クッカに再び尋ねる。
『あいつらは魔王軍だし、アンノウンって識別されたって事は、絶対に敵意があるって事だよな?』
『一応! 今のところ索敵では半魔と表示し直されていますね』
『う~ん半魔ねぇ。……でもこのままじゃ、相手の正体と目的は分からないよ……ここはまず、コミュニケーションを取る為に、会話した方が良いかな?』
『そうですね! じゃあ私が! ちょっとケン様の声帯をお借りします』
『え?』
「は~いっ! グッドイブニ~ング!!! 皆さん、こんばんはぁ!」
いきなりクッカの声が、俺の声に変換され、すげぇ大きな肉声になった。
何と、不思議!
俺の口から、声が勝手に!?
意思など関係なく、声が出ているのだ。
「はあ~っ? いきなりお前……誰だよ?」
ライカン以下男達が、こっちを振向いた。
折角、気配を消していたのに……
案の定、見付かってしまった。
ああ、俺が呼びかけたと思っているみたい。
全員訝しげな表情で、俺を見ているよ。
ライカンから言われて思ったけど……そういえば、誰だっけ俺?
本名のケンを名乗るわけにいかないし、こんな時の名前って決めてなかったな。
『私に任せなさ~い!』
クッカの、凄く得意げな声。
こっちは俺への念話だ。
とっても嫌~な予感!
その瞬間、またもや!
俺の口から、勝手に言葉が響き渡る。
「ようく聞けぇ! 俺は、な! ふるさとを守る哀愁の地元戦士、郷愁マンだぞぉ!」
「はぁ? ふるさとを守る? 哀愁の地元戦士? キョーシューマンだとぉ? 何だ? その今にも、たそがれそうなダッサイ名前はぁ!」
「ぎゃははは、ホントにだっせぇ!」
「最低なネーミングセンスだ」
おお、さすがにこれだけは……こいつらに同意するぞ!
俺だって思うもの。
クッカが、俺の声帯を使って名乗った……
『地元戦士郷愁マン』は微妙だ!
すっげぇ、微妙過ぎる!
思わず脱力した俺は、大きくため息をついたのであった。