第66話 「ステファニーの事情」
文字数 2,555文字
領主オベール様の娘ステファニーは、心で叫び必死に俺へしがみつく。
彼女の顔を良く見ると、完全に化粧は剥がれ落ち、素顔が露出していた。
意外と言ったら失礼だが……
『険』が取れた素顔のステファニーは貴族の娘らしく品があり、且つ可憐だった。
俺は、彼女の可憐さについ感動してぽつりと言う。
『ステファニー……お前、素顔の方が何倍も可愛いぜ』
『え!?』
俺の褒め言葉を聞いて、しがみつくステファニーの腕から力が消えた。
おお、丁度良いタイミングだ。
脱力したステファニーを抱えたまま俺は、彼女とゆっくり立ち上がった。
ぽかんとしているステファニー。
俺は優しく離して、彼女と向き合った。
『安心しろ。あと1分後に喋れるようになる。同時にお前の従士達も魔法が解ける筈さ』
『え?』
『俺の事は忘れてくれ……だが、さっきの約束は守ってくれよ』
『は、はい……』
『幸せになれよ……じゃあ、さよならだ』
俺との抱擁を解かれたステファニーは、呆然としたまま立ち尽くしている。
虚脱状態のステファニーへ手を振りながら
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ステファニーが、俺に抱きついてから15分後……
俺は嫁ズの待つ店へ無事に戻った。
席へ着くと、レベッカとミシェルは身を乗り出して来た。
俺がどうやってステファニーの魔手から逃れたか、知りたいらしい。
「まあ、それは村に戻ってからな」
俺は、澄ました顔でお茶を濁す。
ここで顛末を話すと、嫁ズの声が大きくなるのは確実だからだ。
下手に誰かに聞かれでもしたら、大騒ぎになる。
そうなると、話は自然にステファニーの生い立ちや現在の事情へと変わった。
まあ領主の娘の話だって、やたらに大声で喋って良いわけがない。
当然ながら声のトーンを極力押えた口調となる。
ステファニーの事を詳しく知っているのはミシェルなので、俺とレベッカが聞き役となった。
「あの子はね……可哀想な子なのよ」
「え?」
「可哀想って、何?」
俺とレベッカは、ミシェルの意外な切り出し方に驚いた。
あのステファニーが可哀想って、一体どういう事だろう?
「あの子……ステファニー様のお母様が数年前にお亡くなりになってね。暫くは父と娘ふたりで仲良く暮らしていたの」
ふ~ん……
ステファニーのお母さん……もう亡くなっていたんだ。
「ふんふん」と頷く俺とレベッカを見て、ミシェルは話を続けた。
「去年の話……16歳になったステファニー様に婿を取ろうという話が持ち上がった。王都のさる上級貴族のご子息という噂だったのよ」
ステファニーの縁談?
婿取り?
俺はそう詳しくないが、貴族の結婚って多分政略結婚だろう。
見知らぬ相手と、夫婦になる事が多いというイメージがある。
貴族の男=傲慢というイメージも、俺にはある。
ステファニー、……大変だな。
俺達の反応を見て、ミシェルは際どい話に踏む込んで行く。
「だけど王都から来たのは、ステファニー様のお婿さんではなかったの」
「え? 違うって?」
「一体、誰が来たの?」
「ステファニー様と同じ貴族の娘……それもバツニの23歳だったの」
それって!?
百合?
いや、違う!
王都から来た貴族娘の『結婚相手』はステファニーじゃない。
まさか!
ステファニーの縁談じゃないって事?
俺とレベッカは顔を見合わせた。
「そう! 今、旦那様とレベッカが思った通りよ。もう少し補足説明するとね」
「…………」
「…………」
「オベール様を直属の部下としてもっと深く取り込みたい……王都の上級貴族にはそんな
「…………」
「…………」
「次男とステファニー様の縁談は一応進んでいたの。だけど、たまたまその上級貴族には嫁ぎ先から離縁された長女が居たのよ」
「…………」
「…………」
「上級貴族は予定していた次男をステファニー様の婿として送るより、この長女をオベール様の再婚相手として送った方が、上手く
うわ!
凄いな!
利害のみで考える結婚、ここに極まれりって奴だ。
上級貴族の娘だって、こんな遠くの田舎へイヤイヤ来たのが目に浮かぶ。
ステファニーにしろ、その上級貴族の娘にしろ、この世界の上流階級女性って……男の都合で単なる駒にされる。
ホント、気の毒だなぁ……
俺がつらつら考える間も、ミシェルの話は続いている。
「最初は戸惑ったオベール様だったけど、このバツニ娘がとても美しかったからすぐ夢中になっちゃって! 即、結婚して、40歳のオベール様が今やこの新しい奥様にベタ惚れなの」
何だよ、それ……
良くある童話みたいになって来たぞ。
まあ、洗練された都会の女性にコロッと参ったんだろうなぁ……
ここの領主オベール様は。
「そうなるとステファニー様は面白くないわよね。新しいお母様とも全く馴染まなかったようだし……そのうちに自分に仕える者を手駒にして対抗しようとしたの」
成る程!
義母と娘の確執か。
でも、したの……って、過去形だな。
「だけど……その新しい奥様は結構なやり手だった。ステファニー様の側に着く従士達を逆に取り込んでしまったの。結局、残ったのはさっき居たあの3兄弟だけ……3兄弟は子供の頃からステファニー様へ仕えていたから奥様の懐柔工作も通じなかったらしいわ」
そうか……それでか。
ようく、分かった。
話が、見えた。
だからステファニーは下僕という名の『部下』で俺を欲しがったのか。
ちょっと可哀想だな、あいつ。
だけど……
領主オベール家内部の権力争いなんて、俺が出て行っても仕方がない。
変にかかわって、そんな面倒ごとに巻き込まれるなど真っ平御免だ。
俺は気分を重くしながら、冷めた料理を口に運んだのであった。