第１１１話　「ふたりの決意」

　夢魔のリリアンが去り、2日後の夜……
　天界へ行っていたクッカが、俺の下へ帰って来た。

　クッカが不在の間中、俺は村で仕事をしながら魔王が攻めて来る事ばかりを考えていた。
　ケルベロス達には告げようかとも思ったが、ここはちゃんと順番がある。
　まずはクッカに告げて、相談した方が良いと判断した。
　当然、リゼット達嫁ズには絶対に内緒。
　下手をすると、パニックになりかねないからだ。

『旦那様、只今帰りましたぁ！』

　クッカは、出かける前と変わらない。
　天界での会議内容は、さすがに夫の俺にも明かしてはくれない。
　ただ、人間である俺との仲は問題にはならなかったらしい。
　まあ、管理神様が認めているから。
　と、言う事は創世神様もOK出している？
　であれば、誰にも文句は言えないだろう。

　実は俺、少し迷った。
　リリアンの来訪、そして怖ろしい魔王の進撃を告げるか否かを。
　しかし、事が大き過ぎる。　
　俺ひとりで解決出来れば良いが、到底無理。

　だから、正直に話すしかない。

『クッカ、話があるんだ』

　にこにこしていたクッカも俺の真面目な表情を見て、居住まいを正した。

『な、何でしょう？』

『お前が出かけた夜、魔族が来たんだ』

『ま、魔族！？　そ、それって！』

『ああ、変だ。俺の自動索敵、そしてケルベロス達のチェックを掻い潜って村に潜入し、気が付いたら寝ていた俺のベッドに座っていた』

『ええっ！』

　驚くクッカに、俺は全てを話した。
　
　訪れた夢魔が、告げた事実……
　怖ろしい女魔王が、攻めて来る。
　この僻地の、超が付く田舎村へ。
　それも理由が、なんとも不可解な理由。
　何と、この俺をゲット！　
　片思いした男を得る為だけに……攻めて来る。

　もし俺が第三者として話を聞いていたら、トンデモなあほらしさだと思うだろう。
　だが、それは男の論理。
　そして魔王がどんな女か知らないが、好きな男だと言っても俺が厚遇されるとは限らない。
　単なる下僕か、それ以下のマスコット扱いかもしれないし。
　どちらにしても、自分以外は邪魔者は殺して排除しろという考えだから。
　到底、ろくなものではない。

　クッカは……女魔王の存在、そして俺への謎の片思い、そして挙句の果ての進撃を一切知らなかった。
　ボヌール村の村民皆殺し……いや、この世界の人間を魔物の餌にする……
　そのような怖ろしい事実がなければ、夢魔が来て何かあったとか、突っ込んだ筈である。
　しかし、さすがのクッカも怖ろしい事実を聞いた今、そんな些細な事を咎める余裕などない。

『それ……事実だったら大変です。私、すぐ管理神様に相談します』

『ここへ来て頂くようお願いしようか？　ふたりで話した方が良くないか？』

『いえ！　このような話は私の管轄ですから』　

　これがどうクッカの管轄なのか、俺には分からない。
　俺とふたりで、管理神様に相談した方が良いとも思う。
　しかしクッカは何故か、頑なだった。

『すぐお会いして来ますので、旦那様は待っていて下さ～い』

　そして1時間後……

　クッカは、戻って来た。
　凄い、しかめっ面をしている。
　どうしたのだろう？

『クッカ、どうした？』

『どうもこうも話になりません！』

　クッカが怒っている。
　珍しく、本気で怒っている。

『俺に言える事だけで良いから話してくれる？』

　興奮していたクッカも、俺が宥めると漸く顛末を話し始めたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

　クッカは、ぷんぷんしていた。
　管理神様から告げられた言葉を思い出して、不愉快になっているらしい。

『……旦那様、私が今回の件を洗い浚い告げたら、管理神様ったら、何と仰ったと思います？』

『分からない、教えてくれよ』

『魔王の存在を認めた上で、その魔王がどうしようが、この世界へ神は必要以上の干渉をしないって仰るのです』

　は？
　何、それ？

『魔王が人間との戦いに勝って、この世界を征服し統べようが関係ないって事？』

『はい！　今、人間が統治してるのが魔王と魔族に変わるだけだからって』

　んな、馬鹿な！
　この世界で、人間は創世神様に対する信仰心が深い。
　毎日の、朝夕のお祈りは欠かせない。
　幸せに生きていけるのも、創世神様のお陰だと信じている。
　その人間をあっさり見捨てようなんて……酷い、酷すぎる。

　しかし……
　憤った後で、俺は冷静のスキルによりクールダウンした。
　すると、人間には理解出来ない神様の論理があるって事に気が付いた。
　かつての地球にだって、古今東西神様の理不尽な天罰ってあったなと。

　神話なんて、理屈だけで考えれば、到底納得行かない出来事ばかり……
　しかし、それこそが人間には理解出来ない神様の論理って奴なんだ。
　でも、罰するだけじゃない……
　気まぐれというか、いきなり加護を与えて助ける時もある。
　
　管理神様の言う『必要以上の干渉』という線引きって、超が付く曖昧さだ。

　でもこれで、はっきりした。
　こうなったら、俺はやれる事を全力でやり遂げるしかない。
　
　それは……戦って、戦って戦い抜く。
　その上で、大事な家族を守りきる事だ。
　夢魔のリリアンは、俺が魔王には勝てないと言った。
　早く投降した方が身の為だと。

　しかし世界が魔物で満ちたら……このボヌール村だって全滅だ。
　包囲され、いずれ門や柵が打ち壊され魔物の大群がなだれ込む……村は滅茶苦茶に蹂躙される。
　目と耳をふさぎたくなるような、阿鼻叫喚の巷(ちまた)と化すだろう。

　そんなのは、嫌だ。
　自分だけ魔王の夫になって助かるなんて、絶対に出来ない。
　
　魔物共にリゼットが引き裂かれ、レベッカがバラバラにされ、ミシェルが頭から喰われ、クラリスが飲み込まれ、ソフィが噛み砕かれるなんて！
　そんな事は、させない！
　愛する嫁ズが無残に喰い殺されるなんて、絶対にさせね～ぞ！

『旦那様、戦いましょう。私も戦います』

『ありがとう！　とりあえずは村周辺のパトロール強化だ』

　以前のあの変態狼男ライカンのように、魔王軍が先発隊？　を送って来るかもしれない。
　あの時は村へ来て害を及ぼす前に……殲滅した。
　もし魔王の本拠地が分かれば……こちらから先手を打って攻め込んでも良い。

　気持ちは、ひとつ！
　俺とクッカは顔を見合わせて、大きく頷いていたのであった。