第56話 「ミシェルの過去③」

文字数 2,758文字

 餓鬼(がき)と侮っていた俺の、意外な力で腕を(つか)まれたカミーユは激痛で動けなかった。
 だから負け犬の遠吠えのように、キャンキャン吠えるしかない。

「な、な、何だ、このクソ餓鬼! でかい口叩きやがって! あつつつつ、いってぇ! て、手を放しやがれぇ」

 俺みたいな子供は眼中にない。
 やっと視線の中に入ったという表情で、クランのリーダーらしい男が俺を見た。
 
 30歳を、少し超えたくらいだろう。
 クラン大狼(ビッグウルフ)のリーダー同様、やっぱり髭を生やしている。
 こういうクランのリーダーは、髭を生やしたがるのだろうか?
 クランメンバーへ、貫録を示したいのだろうか?

「ほう! こいつは何だ、カミーユ」

「いててて、ぐうう、あ、兄貴。この女共の亭主気取りのガキらしいんです」

「亭主気取り?……そうか、じゃあこのガキに少し世間ってものを分からせてやろうか」

 リーダーは、指の関節を「ぽきぽき」鳴らし始める。
 俺を、存分にいたぶってやろうって気が満々だ。
 ミシェルが、悲しそうな表情でカミーユを見た。

「カミーユ……こんな腐った奴等と別れなよ、あんたがどんどん駄目になっていくよ」

 ミシェルは昔の恋人?へ最後の優しさを向けてあげたのであろう。

「うるせぇ! このバカアマ」

 しかし……俺に腕をがっしり摑まれたカミーユ、この最低野郎にはミシェルの優しい忠告も耳に入らない。

 本当にバカだな、カミーユって奴は……
 まあ良い。
 徹底的にお仕置きしてやろう。

「レベッカ、ミシェル……この馬鹿を含めて、しょーもないおっさん共と話をつけてくるから、店でちょっと待っててくれ」

「は~い、ダーリン!」

 俺の言葉を聞いたレベッカは、余裕たっぷりに頷く。
 オーガに対する、俺の無双っぷりを知っているから。
 
 だがミシェルは、心配そうに、俺を見つめている。
 俺の『武勇伝』はいろいろ聞いているだろうが、実際に自分の目で見たわけではないものね。

 俺の言葉を聞いたクランリーダーも、鼻を鳴らして、笑う。

「はぁ? 待っててくれだぁ? あはは、こいつはおもしれぇ。おう、こまっしゃくれた餓鬼。お前はもう女の下へなど戻れやしねぇぜ」

 はい?
 こっちこそ、はぁ? だ!
 言ってろ!
 
 俺はリーダーの言葉を無視して、外へ出ようと促した。
 カミーユの腕を、がっつり掴んだままで。

「さあ……行こうぜ、おっさん達。それとカミーユ、てめぇは絶対に許さないからな。……ぶち殺してやる!」

 俺の凄みのある目を見たカミーユは今迄の強気が消え、びくりと身体を震わせたのであった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 とっくに日は暮れて、外は真っ暗。

 居酒屋(ビストロ)から少し離れた人気(ひとけ)の全く無い裏通り……
 カミーユを含めた冒険者クランらしい4人と俺は対峙している。
 通りに備えられたあまり明るくない魔法のランプが、ぼんやりと俺達を照らしていた。

 さっきから(かたわ)らで見ていたクッカは、怒りのあまり言葉を一切発しない。
 俺が目で合図すると、黙って頷いた。
 殺すのは駄目としても、思う存分やってしまえという返事であろう。

 俺は、醒めた目で奴等を見ていた。
 もう、まともな怒りをとっくに通り越しているのだ。
 スキルのせいで、至って冷静ではあるが。

「おい! 腐れおっさん共から先に痛い目にあって貰うよ。その後で俺はこの馬鹿男とゆ~っくり話がしたいからな」

「何だよ、聞いたか?」
「こいつ、俺達に勝つつもりだぜ」
「こんな餓鬼、バラして、どっかに捨ててしまおうぜ」

 一旦、俺が手を離し、ようやく解放されたと安堵したカミーユ。
 まさに虎の威を借りる狐みたいに、邪悪な笑みを浮かべている。

「へへへ、兄貴達、衛兵が来ないように俺が見張っていますから、メタメタにやっちゃって下さいよ。嬲り殺してOKですって」

 ホント、こいつらどうしようもない屑な野郎共だ。
 生きている価値など皆無だろうと、思うくらいである。
 クラン大狼のアホと一緒だ。

 俺は手を前に突き出し、人差し指だけを手前に「くいっ」と誘うように動かした。

「もう御託(ごたく)は良いからさ。雑魚のおっさん共から来いよ。ひとりずつでも、まとめて一度にでも良いから」

 完全に舐めているとも言える俺の言葉に、怒ったクランのひとり=冒険者Aが殴りかかって来る。
 こんな奴の名前など、わざわざ知る気もしない。
 よって単なる雑魚『冒険者A』でOK!

「何だとぉ! おらあっ!」

 どん!

 俺は敢えて腹に奴のパンチを受けてやった。
 鈍い音がするが、オーガのパンチを受けた俺には小さな蚊が止まったほどにも感じない。

「ひゃはは、どうだぁ」

 その瞬間。
 
「あぎぎぎぎ」

 俺は冒険者Aの腕を掴み、(ひね)り上げて態勢を崩させる。
 そして、

 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱ~ん!

 と、空いた手で猛烈なビンタを左右の頬へ張ってやった。
 
 男の頬はあっと言う間に紫色に染まり、無残に腫れあがって行く。
 切れた口からは真っ赤な血が「ぶしゅっ」と飛び散った。

 そして腹の真ん中へお返しとばかりに、とどめの一発!
 まあ、これでもだいぶ手加減はしている。
 優しく「なでなで」してやるよ、といったレベルだ。

「あぐおっ!」

 ボロ雑巾のようになって気を失った冒険者Aを、俺は「ぽいっ」と放り投げた。
 クランの男達はカミーユは勿論、リーダーの髭も目を丸くし、呆然としていた。
 俺は気だるげな表情で、また指をくいっと動かした。

「さあ、次だ……そこのおっさん、愚図愚図せずにさっさと来い」

「野郎っ!」

 ふたり目の男=雑魚冒険者Bが俺へ飛び掛って来る。
 こいつも……弱い。
 弱過ぎる。

 どごおっ!

「あぐっ!」

 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱ~ん!
 ぽいっ。

 同じ光景が繰り返され、冒険者Bが放り投げられると、またボロ雑巾がひとつ増えた。

「さあて、後はお前だけか、親玉のおっさん……さっさと終わらせようぜ」

「く、くそっ!」

 仲間を呆気なく倒され、さすがに緊張したリーダーの髭はとうとう剣を抜いた。
 鋼鉄製の刀身が、月の明かりを浴びてきらりと光る。
 
 真剣なリーダーの後ろでは、さっきまでの威勢はどこへやら……
 カミーユが、ガタガタ震えていた。

 大きな剣を振りかざすリーダーの男に対して、俺はまったく臆さない。
 ゆっくり、ずいっと、一歩を踏み出したのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)※転生前
本作の主人公。22歳。
殺伐とした都会に疲れ、学校卒業後は、子供の頃に離れたきりの故郷へ帰ろうとしていた。

だが、突然謎の死を遂げ、導かれた不思議な空間で、管理神と名乗る正体不明の存在から、異世界への転生を打診される。

☆ケン・ユウキ(俺)※転生後

15歳の少年として転生したケン。

管理神から、転生後の選択肢を示されたが……

ベテラン美女神のサポートによる、エルフの魔法剣士や王都の勇者になる選択肢を断り、新人女神のクッカと共に、西洋風異世界の田舎村ボヌールへ行く事を選ぶ。

併せて、分不相応な『レベル99』とオールスキル(仮)の力が与えられたケンは、ふるさと勇者として生きて行く事を決意する。

☆クッカ

管理神から、サポート役として、転生したケンを担当する事を命じられたD級女神。

天界神様連合、後方支援課所属。たおやかな美少女。

ど新人ながら、多彩な魔法と的確なアドバイスでケンを助ける。

初対面のケンに対し、何故か、特別な好意を持つ。

本体が天界に存在する為、現世に居る時は幻影状態である。

☆リゼット

転生したケンが草原で、ゴブリンの大群から救った、15歳の健康系さわやか美少女。

ケンの新たな故郷となる、異世界ヴァレンタイン王国ボヌール村、村長ジョエルの娘。

身体を張って、守ってくれたケンに対し、ひとめ惚れしてしまう。

☆クラリス

リゼットの親友で、垂れ目が特徴。
大人しく優しい性格の、15歳の癒し系美少女。
子供の頃、両親を魔物に殺されたが、孤独に耐え、懸命に生きて来た。

☆レベッカ
ボヌール村門番ガストンの娘で、整った顔立ちをした、18歳のモデル風スレンダー美少女。
弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。猟犬のトレーナーも兼ねている。
ツンデレ。面食いで、イケメン好き。ミシェルとは親友同士。

☆ミシェル
ボヌール村唯一の商店、万屋大空屋の店主イザベルの娘。
経済感覚に長けた、金髪碧眼の超グラマラス美少女で18歳。拳法の達人。
おおらかで明るい性格故、表には出さなかったが、父親を魔物の大群に殺された過去があり、生きる事に絶望していた。レベッカとは親友同士。

☆ステファニー

ボヌール村領主クロード・オベールのひとり娘。17歳。

オベール家の本拠地、エモシオンの町にあるオベール家城館に在住。

派手な容姿の美少女。わがままで高慢。

いつも従士の3人を引き連れ、エモシオンの町を闊歩している。

実母は既に故人。最近来たオベールの後妻と、母娘関係が上手く行っていない。


☆クーガー

この世界に突如降臨した女魔王。不思議な事にクッカそっくりの容姿をしている。

何故か、ケンに異常なほどの執着を持つ。

☆リリアン

夢魔。コケティッシュな美女。

魔王クーガー率いる魔王軍の幹部。

ある晩、突如ケンの前に現れ、クーガーがボヌール村を大軍で攻める事を告げる。

☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み