第40話 「俺はムコ殿」
文字数 3,185文字
否、すっごく美味い!
香ばしい焼きたてのライ麦パンに、ピッタリ合う濃厚な特製蜂蜜。
そして芳醇な紅茶のセット。
自ら朝飯として、完食した俺も納得だ。
俺の「なんやら」の叩き売り的な口上が珍しい事もあって……
未来の嫁達とその家族は勿論、他の村民達もどんどん買ってくれて、弁当は即座に完売してしまった。
俺とミシェル、そしてイザベルさんは、ガッツポーズ&ハイタッチで喜び合う。
「うふふ、やったね!」
「さすが、ムコ殿!」
ああ、俺は既に婿殿決定なんだ(笑い)
「ええっと、次は何をすれば良い?」
俺が聞くと、イザベルさんは嬉しそうに笑う。
「へぇ! ケンはちょっと休みたいとか、言わないんだね。さすが働き者だ、我がムコ殿は」
「いやぁ、まだまだ大丈夫ですから」
「うふふ、でもね、ひと休みしてから店を開けよう。とりあえずテーブルを片付けてくれる?」
「任せろって!」
イザベルさんに頼まれた俺は、『販売台』として使っていた、宿屋の食堂用の木製テーブルを抱えて中へ戻す。
例によってチート能力全開で、軽々とテーブルを抱えて運ぶ途中、背後から母娘の会話が聞こえて来る。
「ふふ、気は優しくて力持ちか。やっぱり父さん、そっくりだよ」
「そうね、母さん」
「やっぱり私、お嫁にして貰おうかしら?」
「え~、母娘で嫁入りはさすがにまずいでしょ?」
「大丈夫だって! この村は男不足なんだから。ミシェル、貴女、妹欲しいって言っていたでしょう。もしお嫁にして貰ったら私、ケンと毎晩頑張っちゃうよぉ」
「それは確かに妹は欲しいけど……」
あのね、悪いけど……
聞こえていますって、全部!
俺の聴力は現在、常人の何十倍。
毎晩、頑張るって?
何を?
この前のレベッカ&ガストンさんの「孫欲しい」の会話と一緒で、なんちゅう生々しさ。
俺が戻ると、ミシェルとイザベルさんは、満面の笑みを浮かべて来た。
ちょっと、怖い。
「店に入ろう」
ミシェルが、俺に手を差し出して来る。
手を繋ぐのは、もうお約束とでも言うように。
そんな俺達を見て、イザベルさんはにこにこしっ放しだ。
「じゃあミシェル、ケンを頼むね。私は昼と宿の仕込みをするから」
宿の仕込み?
何だろう?
「昼と宿の仕込み……ですか?」
「うん! ウチに、お昼ごはん食べに来る人が結構居るのと、今日の午後はジェトレ村の商隊が来る予定なんだ」
お昼ご飯はともかく、商隊?
面白そう。
ちょっと見てみたい。
「へぇ! 商隊ですか?」
俺は、目を輝かせていたらしい。
興味津々の俺に対し、イザベルさんは詳しく説明してくれた。
「そう! ジェトレ村はこのボヌール村の北にある大きな村なの。南下して領主オベール様の治める町エモシオンへ行く途中、この村に寄るのよ。大体ウチの宿で一泊して翌朝、出発するわ」
「そうなんですか」
「うん、ほんの少しだけどウチの店へ販売用の商品も卸してくれるのよ。じゃあ私は支度があるから、ミシェルとお店をお願い」
イザベルさんは手を振りながら、宿屋の奥へ入ってしまう。
聞くと、食堂の奥に宿泊用の部屋と厨房があるそうだ。
そして……ミシェルは俺の手を握って、店へと引っ張る。
「明日から数日は私に付き合って! 明日は商隊と一緒にエモシオンの町へ販売と仕入れに行くのよ」
「商隊と一緒に町へ? 俺が?」
「ああ、商隊には大抵強い護衛が付いているから、私達が単独で行くよりずっと安全だもの」
安全ね、成る程!
確かに、ミシェルひとりで町へ行かせるわけにはいかない。
道中が、心配だもの。
「でも町までの道中って、何か出るの?」
「うん、魔物は勿論、追いはぎとか、山賊とか、食い詰めた傭兵とかね」
ああ、それ全部強盗って奴だ。
凶悪な人喰いの魔物だけじゃなく、金目当てのそんな奴等も出るのならそりゃ怖いだろう。
当然、武装しているだろうし。
結構なヤバさだ。
「基本的には母さんじゃなくて、私がエモシオンの町へ行くの。今迄はグレンさんと一緒に行っていたんだけど、さすがにもうお年でさ」
聞けば、グレンさんというのは、俺が良く知らない農地担当の男性だそうだが、当年72歳……
「悪い! 小さな荷馬車を使って、町までの旅及び運搬の力仕事は、体力的にもうきついよ」って、はっきりと言われてしまったらしい。
加えて、グレンさんが道中の護衛役も兼ねていたので、ミシェルの方でも不安は
「そういう事なら話は分かったけれど、リゼット達にも話を通しておきたいな」
「うふふ、あの子達ったらケンが数日居なくなるだけで寂しがりそうだものね~」
あはは、ばれてーら。
「でもね! そんな事言いながら……もう私もそうなってる」
大空屋の店内に入ってふたりきりになった途端、ミシェルが俺に縋り付いて来た。
確かにキミも、相当な甘えん坊さんだ、うん。
「私、いきなりこんなに馴れ馴れしくて変な子だなぁって思ったでしょ?」
確かに、いきなり『爆乳うりうり』は……ない。
話がうますぎるし、普通に考えれば
ミシェルにちょっとだけでも触ったら……どこかから男が出て来てこう言うだろう。
「俺の女に何をする! 金払え!」ってね。
だが、『ミシェルが変な子』だとかさすがにそんな事は言いませんよ、俺は。
「いやぁ、そんな事はないけど……何で俺に? って感じだったよ」
そう言うと、いきなりミシェルが俺を見据える。
今迄の笑顔から一転、真剣な眼差しで見つめたのだ。
「ケン!」
「え?」
「何だかケンって不思議……大人みたいな気遣いするよね。15歳って……本当だよね」
どきっ!
ホントの俺は、22歳。
18歳の君から見れば、兄貴みたいなもん。
確かに22歳は世間から見ればまだ尻が青いけど、さすがに15歳の少年に比べればずっと大人。
う~む……何か変に思われたかな?
でも、違った。
ミシェルはまた、甘えて抱きついて来たのである。
「うふん、でもケンのそんな優しいところが皆、好きなんだよ、きっと」
「そうかな?」
「うん、私が18歳で、レベッカも18歳。ケンより3つも年上なのにすっかり頼り切っているもの」
「ああ、任せろって」
「うふふ、頼もしい。じゃあ最初の話に戻るね。何故私がいきなり甘えたかっていうと、やっぱり父さんに似ていたからかな。ちょっと雰囲気が、ね」
ミシェルは、超が付くお父さんっ子。
いわゆるファザコン?
でも、何となく違う感じ。
お父さんを、凄く尊敬していたっぽい。
だけどお父さんは、ミシェルとお母さんを守る為に死んでしまって悲しく寂しかったんだ。
それで俺に甘えた……
「俺が、お父さんに似ていたから興味が出たの?」
「うん、そして今朝リゼットやレベッカから話を聞いて、この人ならって思ったのと、年下だから少し
「苛める?」
「うふふ、こうよ。うりうりうり……」
「あふふふ」
またもや出た。
ミシェルの、うりうりぱふぱふ攻撃!
その瞬間であった。
コホン!
いきなり咳払いが響く。
「君達、そうやって仲が良いのは結構! だけどいい加減に早く店を開けなさい」
そこには……
相変わらず笑顔のイザベルさんが、店の入り口に腕組みをして立っていたのであった。